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君と、もう一度。  作者: れんティ
文化祭編
51/126

文化祭:其の三

 「おはよう、朝陽」

「ああ、おはよう、千鶴」

いつも通り玄関先で落ち合った俺たちは、菊池さんに挨拶しつつ、通学路を辿る。

 「あさ兄ちゃん! ちづちゃん! おはよー!」

「おはよう、真澄ちゃん」

「おはよう真澄」

 校門の近くまで来ると、生徒間に流れる空気が浮ついているのを感じた。それもそのはず、今日は文化祭当日一日目。まあ、興奮するなと言う方が無理だろう。

「あさ兄ちゃん! 文化祭だよ! 文化祭だね!」

「少しは落ち着け。午後とか明日とか、動けなくなっても知らないからな」

「そんなに子供じゃないもきゃうあぁ!」

飛び跳ねながら振り向いた真澄は、案の定躓いて転んだ。それはもう盛大に。振り向きかけていた分のエネルギーを余さず使って尻餅をついた真澄のスカートが舞い上がりかけたところで、視界が真っ黒に染まった。

「目くらい瞑りなさいよ。やっぱり変態ね」

「いや、不可抗力というか、顔を背けるつもりではあったんだぞ?」

「でもそんなそぶり無かったじゃない。同罪よ」

両手で俺の目を覆った千鶴が、耳元で囁く。どうしたってそうならざるを得ないのだろうが、耳にかかる吐息がくすぐったいというか甘い香りが鼻腔をくすぐるというか。とりあえず色々ヤバイ。何がどうとか具体的には説明できないが、メーターが振り切れそうだ。『人として大事な何か』とか『越えてはいけない最後の線』とか書かれているはずのメーターが。

 昨日配られた文化祭のしおり前文を心の中で読み上げながら、平常心を呼び戻す。『探さないで下さい』じゃないわ。戻って来い。

 大きく息を吸って、吐く。

 「千鶴、そろそろ離してくれてもいいんじゃないか?」

「……あら、ごめんなさい」

手と気配が離れ、視界が急に明るくなる。その向こうには、清水に助け起こされている真澄がいた。

「おはよう清水」

「ああ、おはようございます、先輩方」

「午前のシフトはお前と先輩たちだったよな」

「ええ。僕と部長、副部長です」

「よろしくな。俺らも、イベントへの参加は文芸部の名前でやるから」

「それ、楽しむついでって事ですよね」

「まあ、宣伝するだけマシって事にしといてくれ」

「いつまで立ち止まってるのよ。行きましょ」

千鶴の声に従って、校門を潜る。外見はいつも通りだが、中は飾りとポスターで目が痛いくらい派手になっているのを俺は知っている。


 体育館に、数人ずつのグループに分かれて全校生徒が好き勝手座っている。その中、中心より少し後方に、俺、千鶴、真澄、清水、良樹、蜜柑の六人は陣取っていた。

 既に遮光カーテンが閉められ、蛍光灯だけが煌々とついている。

「そろそろ時間ね」

「後五分くらいか?」

「いえ、一分です」

「樋口先輩、時計見て言いました?」

「いや、適当だ」

「やっぱりですか……」

 ざわざわとさざめく集団が、水を打ったように静まり返る。その要因は、明らかだ。

 時計の針が八時三十分を指した途端、体育館の電気がすべて消えたのだ。

 一切の音が消えた体育館に、数秒のときが流れる。

 唐突に、スポットライトがステージ上を照らした。その横から人影が進み出る。そいつはマイクの前に立つと、一つ、わざとらしい咳払いをした。生徒会長だ。

「ここに、第三十六回神原高校文化祭の開会を宣言します!」

生徒会長のよく通る声が消えたところで、音楽が流れ出す。確か今年は、軽音楽部がセレモニーを任されたんだったか。

 今年の春に話題になった映画の主題歌が流れ出し、体育館内の興奮を否が応にも引き上げる。誰もが食い入るように見入っていた。

 一曲目が終了した後、すぐに二曲目が始まる。今度はボーカロイドだった。恋愛曲ばかりを作っているグループの、一番ノリの良い曲。

「八神先輩、僕行きますね」

「ああ、よろしくな」

「あ、じゃあ私も行きます。皆さん、楽しんでください」

午前の店番が割り当たっている清水と蜜柑がそっと体育館から出て行く。軽音楽部の演奏が終わるまでは体育館を出る奴なんてほとんどいないだろうから、そこまで急ぐ事でもないだろうに。まあ、予想が外れたときが怖いか。

 曲は既に三曲目に入り、有名アイドルの曲が響き渡っている。何となく聞き覚えのある曲を聞き流しながら、千鶴に話しかけた。

「……この後、どうする?」

この暗い中文化祭のしおりを見ていた千鶴は、ある一つの部活を指差した。

「これ、見てみたいわね」

そのしなやかな指先を辿ると、『美術部』の文字。確か、絵画とイラスト展示を行っていたはずだ。

「じゃあ、そこ行ってみるか」

「え、何、お前ら一緒に回るのかよ?」

「……そうだけど、どうかしたのか?」

「別に騒ぎ立てるような事じゃないと思うのだけど」

「いや、何心底不思議そうな顔してんだよ。文化祭を男女二人で回るとか、完璧デートじゃん。お前らその自覚ある?」

無言で、顔を見合わせる。

「無いな」「無いわね」

異口同音に答えた俺たちを、良樹は心底呆れたような顔で見ていた。

「いいなー、ちづちゃん。あさ兄ちゃんと回れて」

「あら、クラスメイトと回るんでしょ?」

「うん。今日はね」

 曲は、四曲目が響き始めていた。

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