文化祭:其の二
「八神君! ポスターはどうなってるの!?」
「今、真澄と清水が貼りに行ってます!」
「天野先輩! この椅子はどこに置けばいいですか!?」
「そっちの脇に纏めといてくれ!」
我が文芸部部室は、上を下への大騒ぎだ。
とはいうものの、何も俺たちだけが大騒ぎをしているわけじゃない。机を引き摺る音を残して束の間の静けさが生まれた一瞬に耳を澄ませば、校舎全体から同じような叫びや音が飛び交っているのが聞こえてくる。つまるところ、現在は学校を挙げて大騒ぎしているわけだ。
理由は明白。今日は九月二十四日、木曜日。時刻は午後二時を回ったところ。今年も夏の暑さは用事があるのか赤点がなかったのか、さっさっとどこかへいなくなり、安芸が台頭してきた。開け放たれた窓から入る風は少し肌寒いくらいだ。
「朝陽! 机運ぶの手伝いなさい」
「はいはい」
いつもは部室の中心に居座っている机を横にしてカウンターの代わりにし、通路を潰して棚を除けることでスペースを広く取る。
今行われているのは部室の模様替えなんかではなく、準備だ。明日、明後日と二日間行われる文化祭に向けての。その準備を行うために今日は午後から授業を取りやめになって、最終下校時刻である六時半まで部活またはクラスで活動する事になっている。
「ただいまでーす!」
「ポスター、所定の位置に貼ってきましたよ」
「サンキュ、じゃあ掃除を開始してくれ」
「了解です」
掃除用具箱から取り出した箒で床を掃いていく二人。俺も拭き掃除を始めるか。
雑巾を持って部室を出たところで、誰かとぶつかりかけた。
「きゃっ!」
「っと、悪い、大丈夫か?」
「あ、は、はい。大丈夫です。すいません!」
「いや、俺も悪かった……って、蜜柑さん?なんでここに」
「あ、えっと、美術部の方は大丈夫だから、文芸部のポスターとか手伝って来いって言われたんです。あの、手伝える事はありますか?」
さすがに掃除をさせるわけにもいかないだろか。というか、他に何かあったか?
こういうとき、俺だけが考えても意味は無い。
「螢先輩! 蜜柑さんが手伝える事ってありますか?」
「綾野さん? 亜子、何かあったか?」
「あるわ! 来てくれるなら歓迎するから!」
「ってことだ。あっちでがわら先輩の指示に従ってくれ」
「わ、わかりました!」
蜜柑さんを部室内に招きいれた後、気を取り直して水道へと向かう。
「朝陽、私も行くわ」
後ろから追いついてきたのは、千鶴。手には雑巾を持っているから、どうやら拭き掃除を割り当てられたらしい。
「ねぇ、この学校の文化祭って、どんな感じなのよ」
唐突に飛んできたその問いは、純粋な疑問と言うよりも間を埋めるための手段に過ぎないようだった。
「どうって言われてもな。……でも、結構人は来るぞ。特に土曜日は、近くの中学生とか」
「へぇ、じゃあ土曜日の方が文集は売れるのね」
「まあ、立地条件もまずまずだしな。けど、うちの文集って、学校外でも有名だから、そこまで売り込まなくても売れるぞ。今年刷った五十部も、部活の文集としては多い方だけど、毎年二日目の午後も半分過ぎたら完売してるしな」
「なるほどね、あなたが夏休みの始めに『下手なものは載せられない』って言ってたのは、そういうことなのね」
「まあ、そういうことだ。俺らの代でクオリティを落としたら、来年とか、真澄とかが大変になるからな」
そうこうしてるうちに水道に到着する。この間までぬるま湯だった水で雑巾を濡らして、さっさと踵を返した。
「そういえば、あなた、文化祭に予定はあるの?」
「一日目と二日目、どっちも午後に店番が入ってるけど、それ以外は特に」
「じゃあ、私と回りましょ。私、回り方とかわからないもの」
「ああ。分かった。というか、もう、俺の中でお前と回るのは決定事項な扱いだったな」
「あら、そうなの? じゃあ好都合ね」
なにやら、俺たちとすれ違った一年生が不思議なものを見る目でこちらを見ていた気がするが、大方気のせいだろう。
「二人とも! 何のんびり歩いてるのさ! 早く掃除するよ!」
戸口から顔を出した真澄が騒ぎ立てる。それに軽く返しながら、部室に足を踏み入れた。
さっきと変わったのは、蜜柑さんが机で何かを必死に描いていることぐらいだろうか。紙の大きさからしてポスターか。いや、真ん中に文芸部部室って書かれているから、扉に貼る案内だな。
「八神君、そっち側の棚からお願い。今、床は螢が雑巾を濡らしに行ったから」
「了解です」
「あ、朝陽さん? このシーンって、こんなイメージでよかったですか?」
どうやら、ポスターも挿絵でいくらしい。文集を開いて指差したのは、戦闘シーン。脳内でイメージを呼び起こして、蜜柑さんのイラストと見比べる。
「ああ、完璧だ。蜜柑さんのイメージって、俺のと結構似てるからさ、一々確認しなくてもいいぞ。特に、その敵の表情が最高だな」
「あ、ホントですか? ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべる蜜柑さんに釣られて、俺も笑みが零れる。
ふと横を見ると、千鶴が凄い顔で俺を見ていた。
すさまじい形相に、驚きとかそういうものの前に疑問が生まれる。
「何で、お前そんな顔してるんだ?」
「え?」
自覚無しなのか。
目を細めて睨みつけるような視線の割りに、頬が少し膨らんでいたり、視線に乗った感情は怒りじゃ無かったりと、どうにもアンバランスな顔だ。
「いや、凄い顔してるぞ」
「え、嘘? ホント?」
……本気で自覚無しだったのか?まさか。




