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君と、もう一度。  作者: れんティ
夏休み編
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勉強会:其の一

 トラブルもあったが無事旅行が終了してから、一ヶ月弱。夏休みも残り一週間と少しとなった頃、唐突に俺の携帯が震えた。

「……悪い、ちょっと休憩にしててくれ」

ポケットの中で震えた携帯を取り出して、窓際まで移動する。

「……もしもし」

『あ、よぉ、今いいか?』

「長くならないなら名。図書館だし、千鶴待たせてるし」

『容赦ねぇな。まあいいや。ちょっとした頼みだし』

『頼み』という単語で、これから告げられるであろう言葉を半ば以上予測できてしまう。夏休みの終わり頃、良樹の頼みごとといえば。

「なるほどな、宿題か」

『お、さすが。ってことで、どっかで教えてくれねぇ?』

「分かった。いつでもいいぞ」

『じゃあ、明日の一時にオレの家な! ってことでよろしく』

「はいはい、切るぞ」

調子の言い良樹を半ば遮るようにして通話を終了する。切れる間際に何か言ったような気がするが、この際どうでもいいか。そういうことにしておこう。

 「何かあったの?」

「いや、良樹が宿題教えろって。悪いけど明日は無しでいいか?」

「そうね、私もついていっていいかしら?」

「あー、まあいいだろ。でも、どうしたんだ?」

「これから書き終えて、遂行して、書き直して、って作業があるでしょ? 少しでも進めたいのよ」

「なるほどな。確かにちょっと日程はシビアだ」

良樹の家に招かれている以上、良樹の許可を取った方がいいのだろうが、今更掛けなおすのも面倒だ。まあ、一人増えたくらいなら大丈夫だとは思うが。

 「で、ここはもっと心情描写を入れたほうがいいんじゃないか?」

「戦闘の真っ最中、生きるか死ぬかよ? しかも殺された場合、この悪魔は誰かに乗り移っちゃうわけだし。そんな悠長に考えていられないじゃない」

ガシガシと後頭部を掻く。乗り移った悪魔によって稲生を得た主人公が、最初に人を殺すシーン。起承転結で言えば転の部分だが、ここまできて、俺たちは初めて意見が割れていた。テンポを重視するか、一人称特有の深い心情描写を入れるか。作品の出来を左右する二択だ。

「まあ、確かに草加。けど、これが初めての人殺しだからな」

「その点については、そうね。もっと深く掘り下げるべきかもしれないわ。けど、それをやってると進まないわよ?」

「じゃあ、あっさりいくか」

 意見のすり合わせを終え、鉛筆を取ったところで、またしても携帯が震えた。表示されたのは『真澄』の文字。

 喉まで出掛かったため息を呑み込む。さっきと同じ事だ。この時期、真澄といえば。答えなんて考える必要も無い。

 「もしもし」

『あ、あさ兄ちゃん? ちょっとお願いがあるんだけど……』

「明日の午後一時、良樹の家で勉強会だ」

『え、ホント!? って、よく分かったねー』

「毎年の事だろ。千鶴も来るらしいから、俺の家の前に集合で」

『はいはーい、じゃあよろしくねー』

今度は真澄の方から切れる。

 とりあえず人数が二人増えると良樹も大変だろう。一応連絡くらい入れておくか。

『はいよ、どうした朝陽?』

「千鶴と真澄もだってさ。大丈夫か?」

『安倍と真澄ちゃん? ああ、全然大丈夫だぞ』

「じゃあ、お願いするわ」

『はいよ、んじゃ明日な』

 携帯をしまいこむ。妙なことになってきた。

 千鶴がいるとは言え、良樹と真澄を同時に相手にするのはきつい。それは、去年の夏に身を持って証明した。

――――朝陽! これどーゆーことだよ!

――――あさ兄ちゃん! これ! ここからわかんない!

 二人とも高校には合格しているからそのくらいの学力はあるのだが、どうも応用となると思考が停止するらしい。リミッター設定が厳重すぎやしないだろうか。

 そして、先ほどの話からすると千鶴との執筆も同時に進めなければならないらしい。俺は聖徳太子ではないんだが、そこのところをわかっていてくれるだろうか。

 「真澄ちゃん、なんて?」

「ああ、明日、真澄も参加するって」

「真澄ちゃん、勉強苦手なのね」

「……ああ」

 千鶴は知らないが、真澄の前期期末テストは酷かった。五教科すべてが赤点一歩手前。特に社会と英語は一点差で回避するという神業をやってのけた。どう考えてもペリー来航は千六百年じゃないだろう。江戸時代はどこに行った。徳川家に謝れ。日光の方を向いて。

 それはさておき。

「良樹も同じようなものだからな、明日は小説書いている場合じゃないかもしれないぞ」

「あら、それはちょっと残念ね」

そう呟いた千鶴の顔に、今まで見たことが無い色が過ぎった気がして、思わずまじまじと見つめてしまう。

 「……ま、まあ、少しぐらい息抜きはいるだろうしな」

「あら、そうかしら? 私、この時間は好きよ」

『好き』。その言葉の意味するところを誤解しそうになって、慌てて目を逸らす。不本意ながら顔に熱が集中していくのを止められない。この間鍵を掛けた想いが、蓋をがたがたと揺らす音が聞こえた。

「……お、オレも、苦じゃないからな。できれば続けたいけど、そうもいかないだろ」

返答がおかしくなかっただろうか。違う意味に聞こえたりしないだろうか。

 そんな内心を悟られる事も不安が的中する事もなく、千鶴は柔らかく笑った。

「それなら、良かったわ。じゃあ、進めちゃいましょ」

「あ、ああ。そうだな」

 図書館は適温に保たれているはずだし、近くの温度計は二十度を指している。

 なのに、頬の熱さは中々収まりそうに無かった。

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