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君と、もう一度。  作者: れんティ
夏休み編
36/126

夏休み:其の八

 「じゃあ、そろそろ行くか?」

「そうね、花火まで後一時間だから、丁度いいのじゃないかしら」

「じゃあ、しゅっぱーつ!」

がわら先輩の言葉に、携帯で時間を確認する。午後六時。花火の時間は午後七時だって聞いているから、がわら先輩の言う通り、一時間前らしい。

 今日は、午前中に海で遊び、夕方から浜辺で行われる祭りへと参加することになっている。そのために、水着ではなくある程度ちゃんとした服装に着替えて外に出たわけだが。

「まったく、あんまりはしゃぐと転ぶわよ?」

「あいつはああ見えて周りに気は使えてるから、大丈夫だろ」

「そう、ならいいんだけど……」

朝食のときに幻視した光景が頭から離れず、個とあるごとに目の前をチラつく。今だってそうだ。真澄の心配をする千鶴が、子供の世話を焼く母親に見えて仕方がない。反射的に顔を逸らしていた。

 いつもはこの恩恵を受けて創作しているはずの想像力が、今は恨めしかった。

「朝陽、行くわよ?」

「あ、ああ。分かってる」

「そして、女子三人は何故か全員浴衣なのもまた、俺の頭の混乱に拍車をかけていた。

 「その浴衣、どこから出てきたんだ?」

その疑問を抱えたままにしておくことはできず、浜辺に向かう道すがら、隣を歩く千鶴に尋ねてみる。答えは、素っ気無い口調で返ってきた。

「元々、柴田さんが昔着てた奴とか、家を出た娘さんのとかだって言われたわよ。真澄ちゃんのは、娘さんが着ていた一回り小さい奴が残ってたの。複雑そうな顔だったわよ」

そう言ってクスクスと笑う千鶴は、控えめに言っても性格がいいとは言えないな。どうやら、期限が斜めっているらしい。

「けど、よくピッタリだったな」

「あら、ピッタリじゃないわよ? 私のは少し大きいし、真澄ちゃんは小さいってぼやいてたわ。でも着ているあたり、誘惑には勝てなかったってことかしらね」

「何の誘惑だよ」

「分からないのかしら?」

はぐらかすように、俺の顔を覗きこんでくる。何に気づけというのだろうか。

 ピンときた。

「似合ってるぞ」

多少素っ気無く響いたのは、仕方ないと思って欲しい。平然とそんなことを言えるほど、俺は人格ができていないのだ。

 言われた本人は、きょとんとしていた。違っただろうか。

 と思ったら、すぐに顔を逸らした。

「遅いわよ、まったく」

「悪いな」

 前方では、螢先輩とがわら先輩が、手と手の間が十センチ前後という、微妙な距離を保ったまま歩いている。

「千鶴、ちょっと手伝ってくれ」

「あら、あの二人?」

「そ、がわら先輩をひきつけてくれないか。螢先輩と話がしたいんだ」

「今じゃないとダメなのかしら?」

……確かに、そうだよな。今は祭りの最中で、二人もいい雰囲気だ。そこにわざわざ割ってはいるのは、気が引ける上に本末転倒だ。

「……後にするか」

俺たちが仲介しなくても、二人の間で解決できるなら、それが一番いい。俺のやっていることは、おせっかいの部類に入るだろうし。

 螢先輩のことは一旦おいておいて、屋台を巡ることにする。とは言え二人の後からついていくのは野暮なので、さりげなく別の道に逸れた。

「真澄ちゃんは?」

「清水と連れ立って俺たちとは別の道に行くのは見たぞ」

「あら、あなたと離れるなんて珍しいわね」

「清水に引っ張られるみたいな体勢だったけどな」

「へぇ、清水君が」

あのシスコンがな。真澄のことは嫌じゃないとか言ってたけど、二人で祭りを回ろうとするくらいには仲がよかったわけか。真澄に友達が増えるのはいいことだ。そうやって納得しても、胸に宿る寂寞とした思いは変わらない。

「あら、わたあめね」

「あー、お前好きだったよな」

「え、ええ」

「食うか?」

「そうね、食べようかしら」

店番をしていた若い女性に代金を払い、代わりに袋に入ったわたあめを受け取る。冷静に振舞っている割に、千鶴の頬は緩んでいた。

「嬉しそうだな。そんなに好きなのか?」

「……似合ってないのは分かってるわよ。けど、好きなものは好きなのよね」

「別に、いいだろ。そんなの人それぞれなんだから」

俺の言葉が聞こえたのかどうか悟らせない挙動で、袋からわたあめを一欠片取り出す。嬉しそうに笑った表情を隠そうともせず、ぱくりと食べた。

「……おいしい」

「よかったな。祭り、楽しめてるみたいで」

「あら、あなたは楽しめていないのかしら?」

「いや、楽しいよ」

それは嘘じゃない。千鶴とこうして屋台を巡って、特有の雰囲気を感じるだけで十分楽しい。真澄がいない分のんびりできているのもその一因だ。

 が、千鶴は何を思ったのか手元のわたあめに真剣な眼差しを向け、何かを考え込んでいる。異物でも混入していたのか。わたあめに限ってそんなことはないと思うが。

 そのまま数歩進んだ後、千鶴はおもむろに顔を上げ、

「……あげるわ」

そう言うと心持ち大きめにちぎり取ったわたあめを差し出してきた。なんだ、そんなことを悩んでいたのか。不思議な奴だ。

「さんきゅ」

人差し指と親指で摘まれたそれを手で受け取るのはいささか不安を感じたためと、ちょっとしたイタズラ心が芽生えたために、俺は受け取ろうと伸ばした手を引っ込めた。

 差し出された腕を引き寄せてわたあめを咥える。勢い余って指ごといったのはご愛嬌だ。

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