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君と、もう一度。  作者: れんティ
夏休み編
32/126

夏休み:其の四

 「朝陽、さっきはよくもやってくれたな?」

「安倍さんも、かなりびっくりしたのだから」

「八神先輩、日頃の恨みです」

互いに水鉄砲を構えて、向かい合う。その間三メートルほど。一歩踏み込めば、水はゆうに届く距離だ。そして、なにやら物騒なことを言われている。

「俺としても、みすみすやられるわけには行きませんから。そして、清水、俺はそんなにお前に恨まれてたのか?」

「いえ、はっきり言えば姉ちゃんの恨みです」

「このシスコンめ」

「違います!」

「あさ兄ちゃんはやらせないよ栄介君!」

「柏木、痛い目見ても知らないぞ?」

「小笠原先輩、私も黙ってやられるつもりはありませんよ?」

「ええ、望むところよ」

皆、思い思い二回戦前の掛け合いを楽しみ、水鉄砲を構えなおす。

 そろそろ、仕掛けてくるか。なら俺は、その先手を取って――――!

腰の後ろにぶら下げたそれを一つ取り、俺が構えを解いたことに狼狽を見せる敵陣営へと放る。戦場では、常識に囚われた方が負け。逆に、相手の想定の外を行く動きは、少なくない混乱をもたらす。その隙は、命取りだ。

 見れば、放物線を描く物体は二つ。どうやら、千鶴も考えは同じだったらしい。

 突如として放られたそれに敵の意識は引き付けられている。なら、こっちが取るべき行動は一つだ。

 「真澄、行くぞ」

同じように硬直する真澄の肩を押して、砂を蹴る。さすが砂浜、走りにくいことこの上ない。が、そのタイムラグは隙が埋めてくれる。

 横並びになって、敵陣営へと突っ込んで行く。水鉄砲の引き金を押し込んだとき、先に放ったそれが、それぞれ栄介とがわら先輩の得物に当たって弾けた。ついでに、力の抜けていた手から水鉄砲を奪い去る。思わぬ収穫だ。

 引き起こした現象を見れば明らかなように、俺と千鶴が投げたのは水風船。おれも、水鉄砲と同様に荷物に入っていたものだ。少し気が回れば、螢先輩たちにも用意する暇はあった。けれど、おそらく三人は用意していない。真澄の驚き方が証拠だ。

「え! そんなのあったの?」

「ああ。あった――――ぞ!」

喋りながら、引き金を引く。ろくに狙いも定めず、左右に銃口を振りながら。それでも、これだけ近いのだ、二、三発当たっただろう。それだけ当たれば、牽制としての役目は果たせる。

「おわぁ! まったく、やられてばっかりかよ!」

三人のうち、一人だけ水風船の襲撃を受けなかった螢先輩が、俺たちに水鉄砲を向ける。が、その胴に、後方から飛来した水が突き刺さった。

「な! あー、安倍さんか!」

そう、千鶴だけは走り出さず、後方からじっくり狙いを定めていた。俺たちがトラブルにあっても、囲まれて袋叩き、を避けるためだ。少なくとも一人は、千鶴側につかなければならない。

「安倍さん、勝負よ!」

「望むところです!」

この場合はがわら先輩か。で、そうすると必然的に、一対一、もしくは二対二の状況が生まれる。そうなれば、機先を制した俺たちに分がある。なにせ、清水は今頃立ち上がったくらいなんだから。

「八神先輩、覚悟!」

「そう行くかって!」

「螢一郎先輩、行きますよ!」

「おうよ、かかって来い!」

で、ここからは、走って撃ってまた走る。相手の水はできるだけ避けるように、自分のはできるだけ当たるように、水鉄砲と狙いは固定しつつ、足元は止めないという、テクニカルな動きが必要だ。ただまあ、当たったところでちょっとくすぐったくて冷たいだけだから、ひたすら耐えて、どっしり構えて応射する手もある。が、残念ながらそんな度胸は六人全員持ち合わせていないらしく、結局人を避けつつ砂浜を縦横無尽に走り回るわけだ。

「このやろ、ちょこまかと……!」

「へへーん、当たりませんよ?」

「ちびっこくて狙えない!」

「ちびって言わないでください! もう怒りましたよ!」

「うわわわわ、くそっ!」

螢先輩は、真澄のちょこまかした動きに耐え切れず、敗走を始めている。

「ほらほら、どうしたの!」

「くっ、意外に速いですね! でも当たってますよ?」

「ばれてしまったたわね! けど、安倍さんも同じようなものではないかしら?」

「否定はしません」

千鶴とがわら先輩は、どうも互角みたいだ。二人でランダムに走りながら、撃ちまくっている。

 「よそ見する暇なんて、ありませんよ!」

「げっ! ――――っとぉ! 危ないな!」

「坊相手に余所見なんて、いい度胸です」

「ちょっと状況確認だろ。さて、俺らも再開しますか!」

清水が乱射しつつ突っ込んできて、俺が避けつつ距離を取って応射する。そんなパターンが生まれていた。別に清水の勢いに圧倒されたわけではなく、こういう作戦だ。俺の予測だと、後数分で、起こるはずだ。あれが。

 そこで、乱射していた清水の水鉄砲が、沈黙した。俺の予想より早く、あれが起こったらしい。そう、水切れだ。

 あれだけ派手に乱射していれば、すぐにそうなる。そして、そうなればこっちのものだ。

「ほらほらどうした!?」

「くそっ! こんなときに!」

けど、清水がなったということは、同じような状況である他の二組もそうなるということ。

「あー! 水が出ない!」

「もらった!」

「あら、水切れ?」

「そうみたいですね。引き分けです」

「あら、まだ終わっていないわよ?」

そんな声が次々と耳に届く。どうやら、タイミングはあまり変わらなかったようだ。俺と清水、真澄と螢先輩では一方的な蹂躙が、千鶴とがわら先輩のところは別形式の戦闘が始まっている。

「八神先輩、これでも食らえです!」

気がつけば、海の中に逃げ込んだ清水が、思いっきり水をかけてくる。なるほど、これなら弾切れを気にせず思う存分攻撃できる。が。

「男と水掛け合って、何が楽しいんだよ」

「そういうこと考える人だったんですか」

「いや、俺も一応健全な男子高校生なんだけど」

「そういう欲はないものだと思ってました。淡白そうなイメージで」

「うるさいぞ、シスコン。俺は聖人君子じゃない」

「違いますって! 今それ関係ないでしょう!?」

「どうだか、日頃から姉ちゃんの恨みを溜め込んでる奴だからな」

「そ、それは言葉の綾です!」

「どうだか?」

攻撃ではなく、口撃。水ではなく言葉による攻撃だ。これで相手の動揺を誘い、

「えーいすっけくーん!」

側面からの奇襲。真澄の跳ね飛ばした水が、見事に清水の顔を打ち据えた。

「うわっぷ! 柏木……よくもやってくれたな?」

「あわわ、栄介君、ちょっと落ち着こう……?」

「誰だっけ、やられたらやり返すって言ってたの」

「亜子先輩だね」

「倍返しって言ったのは?」

「……あ、あたしだね」

「じゃあ、しっかり倍返しにしないと」

「いや、別にそこまでこだわらなくても……」

「問答無用!」

「ひえぇぇ……あさ兄ちゃん助けてー!」

清水の剣幕に圧倒された真澄が、ざぶざぶと水を掻き分けて俺の背後に隠れようとする。俺としては、真澄の代わりに水を被るのは本意ではないので、さらりとかわしておく。

「自業自得だな。しっかり受け止めてあげろ。清水の愛だ」

「気色悪いこと言わないでください!」

「気色悪いとは失礼な奴だな。真澄が嫌いか?」

「そ、そういうわけではないですけど……」

「よかったな。清水は真澄が嫌いじゃないってよ」

「そりゃそうだよ! 友達だもん! けど今は危ないんだよ!」

「大人しく遊ばれておけ」

「投げやりっ!」

大騒ぎしている真澄と清水から、同じく騒ぎが大きくなっている千鶴たちに目をやる。どうも、真面目に水の掛け合いをしているらしい。螢先輩がどう止めようか迷いながら傍をおろおろしているのが、場の緊迫度合いを示すいい見本だった。

 「あさ兄ちゃん助けてー!」

「きゃああぁぁ、螢、助けてよ!」

 この混沌は、しばらく収まりそうに無いな。

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