夏休み:其の二
「どう組み合わせても、男女部屋ができるだろ」
俺たちの予想に反して、真澄はけろりと言い放った。
「ああ、そんなこと。大丈夫だよ。あたしはあさ兄ちゃんとおんなじ部屋でいいもん。むしろウェルカムだよ!」
「ダメだ。いくら小さい頃から一緒とは言え、そういうことはしっかりしないと」
「何? あさ兄ちゃんはあたしと一緒だと大変? 興奮しちゃうの?」
「しないよ。お前は妹みたいなものだしな。けど、お前、帰ったら絶対親に言うだろ」
「もちろん!」
「じゃあややこしくなるからダメだ」
確か、一度真澄の家に泊まったとき、耳にたこができるほど言われたからな。二度と同じ轍は踏まないと決めたんだ。
「えー! じゃあ言わないから!」
「お前、嘘がつけるのかよ」
「……それは、ちょっと難しいかも……」
「だろ? だから、ここは先輩方二人にお願いしよう」
もう、傍観者四人の中では、なんだかんだ言って俺と真澄で決定らしかった。いきなり飛び火した火の粉にびびって、二人とも腰を抜かしている。写実的に表現するなら、口をパクパクさせて金魚のまねだ。
「あんまり上手くないですね、金魚のモノマネですか?」
「違うわよ! いきなり言い出したからびっくりしたんじゃない!」
「そうですか。でも、先輩方なら大丈夫ですよね? 幼馴染ですし、そういう経験はあるでしょう?」
「それは、確かにある。それなら、安倍さんや柏木さんでもそうだろ?」
言葉に詰まる。見事なブーメランだ。そこまで考えていなかった俺の浅はかさが出たということだろう。そして、引きずり込まれることを半ば予見していたような顔で、千鶴が参戦する。それはもう、心底うんざりした様子で。
「それはまあ、確かにそうですね。けど、私が朝陽の家族事情を知らなかったみたいに、そこまで踏み込んでいたわけでもないですよ。事実、朝陽が家に泊まりに来た一度か二度、同じ布団で寝たことがあるくらいで」
「そういうことです。それを言うなら、螢先輩たちは相当深い付き合いがあると思いますけど?」
が、まあ、そんなことは関係ないのだろう。現在、相手を恋愛対象としてみているか否かが今のポイントだ。そして、その場合俺は特に、ということになる。
「けどまあ、気まずいならそれでいいですよ。俺が真澄と千鶴のどちらかとなればいい話ですから。じゃあ、そういうことで。奥の部屋、使わせてもらいますね」
どちらが俺と一緒かについては、俺が口出しする必要も無いだろう。おそらくじゃんけんでもして決めるはずだ
荷物を担いで奥の部屋に入る。二人部屋、と言われていた通り、二人には少し広いくらい、三人だと狭いくらいの大きさだ。
「あら、海が見えるのね」
遅れて入ってきたのは、千鶴だった。どうやら、今度は千鶴が勝ったらしい。
「相方はお前か。色々面倒だとは思うが、よろしくな」
「真澄ちゃんの可能性を潰したのはあなたでしょ。それに、あなたと一緒なら面倒じゃな
いわよ」
「そうか? まあ、男女の違いがあるし、面倒なものは面倒だろ」
そういう意味で言ったのだが、なにやらため息を吐かれてしまった。何かおかしなことを言っただろうか。いや、言っていないはずだ。
「そうね、そうかもしれないわ。それと、荷物を置いたら、水着を持って集合だそうよ。このまま海に行くって言ってたわ」
「了解。荷物はその辺にでも置いてくれ」
「あさ兄ちゃーん! 早くー!」
扉の外から、真澄の急かすような声が聞こえてくる。わざわざそうするってことは、他の四人はもう準備できたのか。早いな。
扉から出て、四人と合流する。そのまま、旅館を飛び出し、道路一つ挟んで向こうの砂浜へと駆けだした。
「じゃあ、着替えるか。男子はこっちな」
手馴れた様子の螢先輩に先導されて、脱衣所に向かう。女子はがわら先輩がつれてどこかへ言った。
「部長、来たことあるんですか?」
「ん? ああ、かなり前に、一回な。亜子の家族に連れられて。あの旅館ができる前だから、柴田さんとは面識がないけど」
なんだろう、小笠原家に関わりの深い海なんだろうか。砂浜のある海は、他にもあるはずだが。特に深い理由は無いのだろうが、そう思わずにはいられない。
「一回来ただけで、覚えてるものなんですね」
「まあ、亜子と旅行したのは、後にも先にもそれくらいだからな」
「以外です。部長たちって、結構そういうことも一緒にだと思ってたんですけど」
「いや、その後辺りから亜子の両親が忙しくなって、家にもあんまりいなくなったからな。時期がなくなったんだよ」
「八神先輩は、そういう旅行とかないんですか?」
「いや、家は親があんなだし。旅行は空想上の産物だと思ってたぐらいだぞ。だから、あの町から出たのが今回初めてだ」
千鶴が行ってきた旅行の話とか聞いたとき、驚きすぎて腰が抜けそうになったこともある。
「へぇ、そうなんですか」
「……ここだな。じゃあ、それぞれ着替えて、この前に集合だ」
「了解です」
「分かりました」
狭苦しい個室で、もそもそと着替える。男子の着替えなんて数分かからない。水着に着替えて海を見ていると、柄にもなく気分が高揚してくる。目の前は海で、夏休み入ってすぐだからか人とは少ない。凪いだ海をぼんやりと眺めていると、生まれて初めて神原町の外に出たと言うことが、実感として湧き上がってきた。あ、個人的な旅行でな。
「朝陽、手伝え」
「ああ、了解です」
脱衣所に程近いところで、ビニールシートを引き、パラソルを立てる。どうやらここを拠点にするらしかった。そして、持って来たクーラーボックスや、着替えなどを置いている。俺は、二つ目のパラソルを立てる手伝いだ。
この炎天下。水着だけとは言え少し動けば汗が手垂れてくる。そんな時。
「おっ待たせー!」




