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君と、もう一度。  作者: れんティ
夏休み編
29/126

夏休み:其の一

 寄せては返す波の音が、耳朶を打つ。俺たちのいる階段は砂だらけだし、強い磯の香りが慣れない鼻をくすぐるどころか突き刺している。雲一つない空から燦々と降り注ぐ陽光が、海面に反射して目を射抜く。

 ここまで羅列すればもう分かるだろう。俺たち、文芸部員六人は、海に来ていた。ここで、二泊三日の合宿と呼ばれる旅行が行われる。

 事の起こりは、今から二週間前にさかのぼる。


 梅雨も明け、全校生徒の期待も夏休み一色となった頃。それは唐突に、俺たちへと突きつけられた。

 「皆は、夏休みに予定があるのかしら?」

「いえ、俺は特に無いです。強いて言えば、図書館とかフラフラするつもりでしたけど」

「私も無いです。朝陽と創作に励む予定なので」

計画性のない計画を披露した俺に、千鶴の笑みが突き刺さる。分かってるっての。

「あたしは、お盆におばあちゃん家に行く予定だって聞いてます」

「僕も、特には」

「俺もだ。って、そうか、お前あれか」

全員が予定を言い終えたところで、圭一郎先輩が何かに気づいた。大方、二人で計画していたのだろう。その証拠に、二人して頷き合っている。

「それなら、夏休みに、七月二十四日から、海に行かないかしら? 二泊三日で」

「賛成!」

間髪いれずに賛成したのは真澄。本当に、こういうのが好きな奴だ。

「僕も賛成です」

「私も、構いませんよ」

次々に賛成が増えていく。気がつけば、俺だけになっていた。

 で、俺はといえば、あの人たちから離れていられるなら、文句のあろうはずもない。強いて言うなら、先輩方受験大丈夫なのか、と言ったところだが、それを言うのははばかられる。

「俺も、賛成です」

その応えに、がわら先輩は満足そうに頷いた。そして、事前に用意してあったらしい計画を話し始める。

「それじゃあ、七月二十四日の朝八時、神原駅に集合ね。必要経費は一人二千円だから」

「二泊三日なのに、安すぎないですか?」

「ああ、宿は私のはとこが海辺でやっているところに、ただで泊めてもらえるから。実質電車賃だけね」

コネ万歳。しかしこういうときにこういう人がいると、かなり計画がはかどるんだな。一部活に一人、常駐させるべきだ。

「それじゃあ、そういうことで。詳しい話は行きながら話すわ」

「了解です。千鶴、話進めよう」

「そうね、浮かれてばかりもいられないわ」

その一言で、真澄は多大なダメージを食らったらしい。「ぐはっ」とか言いながら、机に倒れ伏している。頑張れ清水。そいつ相手なら、黙ってても効果はないぞ。経験から来る助言だ。


そして、迎えた当日。

 誰一人遅れることなく集まった六人は、早速揉め始めていた。

 改札を通り、滑り込んできた特急列車に乗ったところまでは良かったのだが、そこで問題が起きた。

 席順だ。誰もが自らのエゴ丸出して座ろうとするから、どうしたってぶつかり合う。具体的に言えば、三組だ。

「え! わ、私は別にどこでもいいのだけど……」

「じゃあ、がわら先輩と螢先輩がそっちで」

「あ、いや、それは……ちょっと……」

「何か文句でも? 万々歳ですよね?」

「いや、そういうことは……なくは……」

「というわけですから、二人はそっちに」

「……わかった」

「じゃあ、僕はそっちに座りますから。八神先輩だけは隣に来ないでください」

「俺、かなり嫌われてるんだな」

「当たり前です。姉ちゃんを泣かしたんですから」

「それだけであさ兄ちゃんを嫌うなんて酷いよ! 栄介君シスコン?」

「な!? ち、ちがっ! 別にそういうんじゃ!」

「その反応はシスコンだな。お前、意地張ってるくせに可愛いとこあるんだ」

「か、可愛いとか言わないでください! 僕は男です!」

「……朝陽、ホモなの?」

「違う。何でそうなる」

「だって、清水君に向かって可愛いとか、そういう趣味以外ありえないじゃない?」

「違うって! 螢先輩、何でちょっと蔑んだ目をしてるんですか」

「いやー、だってほら、可愛い後輩にそういう趣味があるなんて、なぁ?」

「やめろ! 俺の言った可愛いは、螢先輩のと同じ意味だから、変な誤解はしないでくれ」

「そうなの。面白くないわね」

「面白がるな。それにしても、清水がシスコンだったなんてな。道理で、俺がかなり恨まれてるわけだ」

「まだ引っ張るんですか、それ」

「まあいいや。じゃあ、清水の隣は真澄な」

「えー! なんでー? あたしは朝兄ちゃんの隣がいい!」

「それならそれでいいんだけど、千鶴は?」

「別に構わない……と言いたいところだけど、清水君とだと、気まずいわね」

「そうですね。僕も安倍先輩とだと話しにくいです」

「お前ら、歯に衣着せないな。もうちょっと相手への配慮をしろよ」

「そうかしら? 二人とも同意見なんだから、いいじゃない」

「まあいいか。なら、この席引っくり返るだろ。こうすれば、誰の隣とか気まずいとか考えなくて済むんじゃないか?」

「そうね。けど、あなたの隣に誰が座るか、という問題が解決してないわよ」

「真澄じゃダメなのか?」

「そうね、欲を言うなら私も」

「じゃあじゃんけんでもしてくれ」

「「最初はグー、じゃんけんポン!」」

殺気の伴ったじゃんけんを行う二人を横目に、ひっくり返して四人席にあった席に、清水と互い違いに座る。何故俺の隣に誰が座るかでじゃんけんしなければならないんだと首を捻りながら、窓の外に目をやる。そろそろ出発するだろうか。

「「あいこでしょ!」」

「「あいこでしょ!」」

「「あいこでしょ!」」

「何回やるんだよ! 早く勝負を決めてくれ。出発するぞ」

それ以前意、大騒ぎする俺たちに、同じ車両の人たちが多かれ少なかれ興味を寄せている。そろそろ注意されたりするんじゃないだろうか。

「「あいこでしょ!」」

「勝った!」「あら、負けたわね」

片手の指じゃ足りなくなってきたところで、勝負は決したらしい。俺の隣は真澄、俺の正面で清水の隣が千鶴。先輩たち二人は、通路の向こうだ。二人でよろしくやるだろう。

 「そして、微かな揺れと共に、列車は発車した。


 「ほら、ぼんやりしてるのよ。皆行っちゃったわよ?」

千鶴の言葉で、俺は現在に引き戻された。首を回して周囲の状況を把握する。どうやら、もう皆さっさと道を進んでいってしまったらしい。

 緩くカーブした道を、置いていかれた俺と待っていてくれたらしい千鶴がのんびり歩いて行く。

 あの後、特急、普通列車、ローカル線と乗り継いで四時間。昼飯時になってようやく、俺たちは海に到着した。とは言っても、駅からバスまで十分ほどの移動もあったが。

 目の前に広がる海に忘我に浸ることしばし。見慣れた光景らしいがわら先輩が最初に動き出し、それに触発された四人も俺たちを置いて先に行った。大方、一本道だから迷うことはないと思ったのだろう。そして、それは正しい。

 絶えず寄せては返していく波が、砂浜の向こうで柔らかい音を立てている。

「あなたと海に来るのは、さすがに初めてね」

「そうだな。あの町から出たことはなかったから」

「子供だったもの」

「今もそう変わらないけどな」

 カーブした道の先に、目指す旅館はあった。少し古びてはいるが、まだまだ現役で差し支えない日本家屋。その前で、四人が待っている。

「早く早く!」

「何仲良く二人で満喫してるんだ。炎天下に何分も待たせるなよ」

「そういうわけじゃないですって。急ぐ必要を感じなかったんで」

「そこは感じるべきでしょう。こっちは待ってるわけですし」

「それについてはすまなかった」

ここは素直に頭を下げておく。のんびりしていたのは事実で、そのせいで待たせてしまったのも事実なのだから。ここで意地を張ると、また面倒なことになるわけだ。

「ちづちゃんずるーい! あさ兄ちゃんと二人っきりで! 楽しかったんでしょ!」

「そうね。楽しかったことは否定しないわ」

その言葉に、わけもわからず胸が高鳴った。今俺は楽しかったと言われただけで、それは子供の頃と同じように、楽しかったと言っているだけなのに。照れたような表情と、遠まわしな言い方。それだけで、なにやら妖艶な雰囲気が漂ってしまう。そして、それは他の

人たちにもわかったようだ。

「朝陽、お前何やってたんだ」

「いえ、ただ喋りながらここまで歩いてきただけですけど」

「それにしては、不思議な楽しさがあったみたいですね」

「二対一は卑怯だと思います」

「問答無用だ」

「皆、準備はできているみたいだから、入ってきていいわよ」

引き戸が開いて、がわら先輩が顔を出す。どうやら、少々の打ち合わせと挨拶が行われており、その時間待たされていたらしい。なら、俺たちが急ごうが急ぐまいが変わらなかったのではないか。

 愚痴っぽい考えは引っ込めて、千鶴の後ろから暖簾をくぐろうとする、が。

 千鶴も同じように考えたようで、二人で未開会うように戸口の前で立ち止まる。千鶴が譲ってくれるなら、と先に入ろうとすると、千鶴もそう考えたらしくまた一歩進んだところでかち合ってしまう。

「先いいぞ」

「……そうさせてもらうわ」

なにやら釈然としない表情で、千鶴が先に入って行く。この状況でなければ、おそらく意地を張ったのではないだろうか。何となくそんな気がした。

「あらあら、こちらが、亜子ちゃんのお友達? こんにちは」

「こんにちは。部長の天野といいます。本日は五名、ただで泊めていただき、ありがとうございます」

「いいのよ、そんなにかしこまらなくて。天野君ね? 亜子のはとこで、柴田早百合といいます。三日間、楽しんでね」

「はい!」

「じゃあ、部屋の鍵は亜子ちゃんに渡してあるから。二人部屋が三つ、右手に入って奥の階段を上った左手のところよ」

それだけ告げると、忙しいのかどこかへ駆けて行く。重大なことを告げないままで。いや、きづいていないのかもしれない。現に、俺が見た限り、気づいた奴はいなさそうだ。そこまで頭が回っていないのかもしれないな。

「じゃあ、こっちね。荷物を持ってきて」

ぞろぞろと、言われた方向へ進んで行く。頭が回っていないと言うより、ほかの事に気が散っているのか。

 ここは、先に注意喚起した方がいいかもしれないな。

「あの、二人部屋三つって言いましたよね」

「そうね。そう聞こえたわ」

「ええ。この時期の予約の関係で、それ以上は取れなかったの」

ここまで気がついても気づかないのか。なら、もっと踏み込むしかない。

「俺たちって、男女三人ずつですよね? まずくないですか?」

そこまで言って、ようやく清水が気づいた。あっと口を開けると、面子を見回す。

「何が? 何がマズイの?」

「男女三人ずつを、二人部屋三つに分けてみろ」

螢先輩、がわら先輩、千鶴、と順に顔が驚愕に歪んでいく。その中で、真澄だけはわかっていない表情だった。

 しかたない、答えあわせといきますか。

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