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君と、もう一度。  作者: れんティ
林間学校編
28/126

家族の事情

 六月も半ばに入り、南の方は気象庁が本格的に梅雨入りを宣言した。そんな中、いつも通り部室には私や朝陽を含め六人が集まっていた。

 それぞれ、自分たちが書く物語の構想を練っていて、合作である二人の相談以外、あまり会話は見られない。ここ最近の部室は、大体こんな感じね。

「千鶴、聞いてるか?」

「え? あ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてたわ」

「まったく、そろそろ書き始めた方がいいから、早めに決めようって言っただろ」

協の記憶を掘り返す。……そういえば、最初にそんなことを言ってたわね」

「で、どこまでいったんだったかしら」

「ジャンルはSFファンタジー、大まかに言えば異能バトルってとこまでだろ」

「……そうだったわね」

ちょっとどころか、かなりぼんやりしていたみたい。ついさっきのことすら曖昧だなんて。

「しっかりしてくれ。じゃあ、再開するぞ」

頷き、ノートに視線を落とす。そこには、今まで決めた設定が、綺麗にまとめられている。

「次は、主人公のキャラかしら?」

私の提案に、朝陽は首を捻った。

「いや、それよりも先に、大筋を決めたほうが良くないか? その筋に必要なキャラクターを決めて行く感じの方が、やりやすいと思うんだけど」

「……そうね、じゃあそうしましょう」

 「じゃあ、始まりはやっぱり日常よね」

「だな。日常の描写から初めて、そこから非日常へ、見たいな流れが妥当だろ」

「とすると、そのきっかけが要るわよね」

 そんな風に弾みかけた会話を、

「うわぁー! もうやだー!」

真澄ちゃんの叫びが破った。

「なんだよ、いきなり大声出して」

「だってもう疲れたよー!」

「清水、なんとかならないのか」

「いえ、柏木の負担はそこまで大きくないと思いますよ。仕事の分担は、六対四くらいなんで」

「あー、なら頑張るしかないだろ」

「投げやりっ!?」

ほら、完全に興味があっちに移っちゃった。まあ、さっきまでぼんやりしていた私が言えたことじゃないけど。

「それ以外に解決策があるのか?」

「ちょっと休憩するとか!」

「それは清水と相談してくれ」

「栄介くーん、休憩にしない?」

「まあ、大丈夫だけど」

「よっし、休憩ね!」

言うが早いか、真澄ちゃんが机に突っ伏する。その横では清水君もどこか弛緩した顔をしていて、本格的な休憩モードであることが窺えるわね。

「俺たちもそうするか?」

「ええ、構わないわよ」

それを聞きつけた先輩たちまで、休憩に入ったみたい。束の間、張り詰めていた空気が緩む。

「八神先輩」

「ああ、朝陽でいい。苗字は嫌いなんだ」

「そう、ですか?」

「あさ兄ちゃん。苗字嫌いなの? かっこいいのに」

その情報は、私も初耳ね。少なくとも私の苗字よりはかっこいいと思うのだけど。朝陽の価値観は違うのかしら。

「そうね、私も響きは良いと思うのだけれど?」

「響きは嫌いじゃないですよ」

「なら、何でだ? 言ってもいいなら教えてくれ」

天野先輩のその言葉に、朝陽は少し俯いて何かを考えるように目を閉じた。けれど、それも一瞬のこと、すぐに元通り苦々しい表情で口を開く。

「特にたいしたことじゃないですよ。ただ単に、家族が嫌いなだけです。その一員だと思いたくないほどにね」

その応えは、私の体を、衝撃を伴って駆け抜けた。

 朝陽は親が嫌い。そんなこと、知りもしなかった。いや、私が引っ越した後ならそれも当然。けど、真澄ちゃんの表情を察するに、彼女も知らなかった。そして、朝陽の口ぶりは、その確執が長年のものであるかのような印象がある。

「え、あさ兄ちゃんそうだったの?」

「ああ。表面化したのは十歳のときかな。さすがに耐え切れなかったんだよ」

「喧嘩の原因とか、聞いてもいいかしら?」

「あんまり吹聴するようなものじゃないけど、まあ千鶴たちならいいだろ」

固唾を呑んで次の言葉を待つ私たちを見回して、朝陽は口を開いた。

「家の親って、かなり束縛が強いんだよ。例を挙げれば、テレビは一日三十分、漫画とゲームは問答無用で禁止、小説も教育的なもの以外禁止。玩具もほとんど記憶にない。門限は一年中四時まで。しかも四時までには家にいなさいときた。これ以外にも上げたらきりがないな。お菓子は食べてはいけない。外遊びはズボンが汚れない程度まで、なんてのもあったかな。笑えるだろ?」

自虐的な笑みを浮かべる朝陽とは裏腹に、聞いている四人の顔から笑みは消えている。話つぃは,口元の引き攣りが笑みと呼べるのなら笑っているかもしれないわね。

 それより、私は朝陽の話に含まれていた一つに疑問を抱いていた。

「門限は年中四時? けど、あなた私たちと一緒に六時半まで遊んでなかったかしら?」

そう、どれだけ記憶を探っても、私たちより先に帰る朝陽は思い出せない。いつもいつも、学校の定める帰宅時間ギリギリまで遊んでいたはずよね。

「正解。それが喧嘩の原因だよ。俺の反抗。子供の娯楽すべてを取り上げた親の言いつけを、すべて無視した」

ようやく理解できたわ。つまり、親が決めたルールを守らなかったのが、喧嘩の原因ってわけね。けど、それはよくあること。私だって、ルールを破って怒られたことくらいはあるわ。それのせいで、苗字まで嫌うのはいき過ぎな気がするけど。

「小学校は言ってすぐ間では、俺もそれらすべてを遵守してた。けど、ちづみたいな友達ができて、そいつらと遊ぶようになってから、俺の家はおかしいってことに気づいたんだ」

「ちょっと待って、だからって、親と喧嘩したの?」

割りkんで来たのは、小笠原先輩。その問いに、「良くぞ聞いてくれました」というような顔をして,朝陽は話を続けた。

「そこまで短期じゃないですよ。最初は、確か門限をもっと伸ばしてくれってお願いだったと思います。でも却下された。次は外遊びの制限を無くしてくれって言った。これも却下。お菓子が食べたい、本が読みたい、ゲームが欲しい、漫画がよみたい、あのアニメがみたい。すべて却下」

「あれ? テレビが三十分ならアニメは観れるんじゃないの?」

話の腰を折るような真澄ちゃんの質問に、朝陽はため息をついた。真澄ちゃんの行為にではなく、もっと別の何かにため息をついたような、そんな気がした。

「それが違うんだよ。あの人たちの考え方では、いつ誰が何を観ていようが、それを一緒に観ていればその人がテレビを観ていた時間に換算される。つまり、朝家を出るまでにあの人たちが観ているニュースを三十分観てしまえば、その日俺はテレビを観られない。

「それは……さすがにやりすぎじゃないですか?」

「そ。当時の俺もそう思った。友達の話を聞いてると、もっと皆自由だったしな。だから、根気強くお願いして、でもダメだったから、『何で家はこんなに厳しいんだ』って噛み付いたんだよ。あれはいつだったかな。ちづとはもう仲が良かったから、二年生くらいか」

朝陽の顔が、この話も核心に近づいていることを物語っている。その瞳はここではないどこかを見ていて、懐かしむような、嫌悪するような、複雑な色をしていた。

 そして、聴衆もまた、固唾を呑んで見守っている。

「そしたらなんて言われたと思う? 俺はさ、『お前のためだ』とか『健康に育つため』とか、そういう答えだと思ってた。で、あの人たちがそういう思いなら我慢しようと思ってた。いわば確認だな。けど、違った。『お前にはきちんと育って欲しいんだ。私たち、引いては店の評判を落とすようなことがあっては困るからな』なんて。本音はありがたいけど、子供に聞かせるのに後ろ半分はいらないだろ。そこから先は予想がつくだろ。俺はあんたらの面子のための道具じゃない! って大喧嘩して、結局お金以外で自分のことはすべて自分でやって生活する、あんたらの庇護下に俺は置かなくていいってことで、束縛から逃れた。その協定に至るまで二年か。俺は無断でルールを破って、そのたびに大喧嘩。死かもあの人たちの主張はいつも、『どれだけ私たちに迷惑をかければ気が済むの?』とか、『ルールを守って帰宅して、店を手伝いなさい!』とか、自分勝手だったから俺は当然反発する。休戦協定は結んでも、わだかまりは解けないし。で、今も冷戦状態だよ。あの人たちは大人の癖に嘘の使い方を知らなすぎるよな」

最後におどけたような台詞を入れて、朝陽は懸命に暗くなった雰囲気を引き剥がそうとする。けど、いかんせん外は雨。そう簡単にじめじめした空気が入れ替えられるわけもなく。皆黙ったままだった。

「悪かったわね、嫌なこと喋らせて」

「いいよ、まあ俺も誰かに聞いてもらえてすっきりしたしな」

「ならいいけど」

「はい、じゃあ、休憩終わりよ。皆作業に戻りなさい! 螢もいつまでぼんやりしてるの!」

「知ってるか、眠りを覚ますのはいつだってキスらしいぜ」

「し、知らないわよそんなこと!」

「といいつつ、顔は真っ赤ですよ」

「う、うるさいわね!」

平常運転に戻ったかのような教室。その中で、朝陽は一人、寂しそうな顔をしていた。

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