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君と、もう一度。  作者: れんティ
林間学校編
27/126

林間学校:終

 「それでは、クラスごとにバスへ乗車してくださーい!」

がやがやと騒いでいる同級生のうち、半分は林間学校の終わりを嘆き、思い出を語り合っている――――わけでもなく。さっさと林間学校を見限り、一ヵ月半ほど先に迫った中間試験を嘆いている。林間学校の終了と試験、嘆くことが多くて大変だな。

 列に並んでぼんやりとそんなことを考えている間に、七組の列も動き出す。それによって俺がこれから行おうとしていることが面倒になる前に、行動してしまうとするか。

「良樹、来い」

「あ? なんだよ?」

「いいから来てくれ」

頭に疑問符を浮かべる良樹を連れて、バスの横に立つ担任の元へ向かう。ようやく意図に気づいたのか、逃げ出そうとする良樹の腕を掴んで連行し、担任に声を掛けた。

「先生」

「ん? なんだ八神」

「良樹は酔いやすくて、行きで酷いことになってたんで、帰りは最初から前の席にお願いします」

「あ、そうなのか。分かった、樋口、じゃあお前は前に座れ」

「いや、オレはだいじょぶっすよ」

「いや、八神がそう言ってるんだ、一応前に座って、様子を見させてもらう」

「げぇー!」

「じゃあ、列に戻っていぞ。樋口はここで待機だ」

「朝陽! 覚えてろよ!」

「はいはい、忘れようにも忘れられないだろうな」

裏切られた顔の良樹を担任に預け、列に戻る。すぐに、よくやったと言わんばかりの千鶴と目が合った。

「やってくれてよかったわ。帰りもあの調子ならどうしようかと思ってたところよ」

「まあ、隣であれだけ気分悪そうにしてたら、放っておく訳にもいかないだろ」

「樋口君には悪いけど、その方がお互いのためよね」

 会話の合間にも列はどんどん進み、バスに乗り込む。

 数分の間に、発車した。

 良樹はオレの提案通りに最前列に座らされ、行きよりもいくらか顔色が良さそうだ。もっとも、『いくらか』であって、平常には程遠いが。

 そして、俺の周囲にも少々の動きがあった。訂正しよう。少々じゃない。かなりだ。

「……そこまで離れられるとさすがに傷つくんだけどな……」

「す、すいません! け、けど、あんまりそっちに近いと、迷惑かなって……」

「蜜柑、遠慮なんて要らないわよ。自分の取りたい分だけ場所を取っちゃえばいいのよ」

「お前のそれはそれで、どうかと思うぞ」

「あら、離れられると傷つくんでしょ?」

「いや、だって良く見ろよ。この狭いバスの席で、俺は普通に座ってる。なのに俺と綾野さんの間には四十センチ以上の隙間があるのって、どれだけ綾野さんが身を引いてるんだって話だろ。それはさすがに傷つくな、ってことだ」

「あら、つまり要約するとバスの席が狭いという言い訳を用いて、みかんとくっつきたいわけね? この変態」

「どこをどう取ったらそんな要約になるんだよ! 誤解に邪推を重ねて妄想を膨らませる

のはやめろ」

千鶴の言葉に、周囲の男女から向けられていた視線が冷たいものに代わる。もっとも、男子からの視線は元から冷たかったが。

 そして、左隣の綾野さんが、もう数センチ離れた。

「綾野さんが真に受けて、また離れたぞ。これ以上は俺の精神が持たないんだけど」

「やっぱりくっつきたいんじゃない」

「誰もそうは言ってないって。必要以上に離れる必要は無いってことだ」

「あら、変態のあなたが隣なんだから、その距離は蜜柑にとって、あなたと隣り合わせるのに必要な距離なんじゃないかしら」

淡々としているだけでなく辛辣な言葉だ。何か機嫌を損ねるような事があったんだろうか。

「……何で俺が変態だって前提で話を進めてるんだよ」

「あら、違うのかしら?」

「違うだろ! あーもう、そんなに俺と綾野さんを話したいなら、お前がここに座ればいいだろ」

「それもそうよね。けど、今更席を変えるのは面倒よ」

一気にクールダウンしたテンションで、千鶴がもっともらしいことを言う。が、その目は頑ななまでに俺のほうを見ようとしていない。十中八九、真実じゃないな。

 そこを追求するか否か迷って、俺追求しないことに決めた。

 俺の無言の意思を千鶴は汲み取ったらしい。面白く無さそうな顔で窓の外へ目を逸らし、この件は意識の外に追いやったようだった。

 で、何故俺の隣に綾野さんがいるのかと言うと。

 当初、女子は奇数であるため、最後列が一人だけだった。それが、良樹が前に移ったことによって席が一つ空いたのをいいことに、通路を挟んで隣だった綾野さんがその席に、窓側だった千鶴が綾乃さんの席に……というように女子が一つずつずれたのだ。それによって最後列で一人だった女子が二人で座れるようになるわけだ。

 以上の理由から、綾野さんが俺の隣に座ってる。

 そして、千鶴が戦線を離脱し、状況は振り出しに戻った。

「なあ、綾野さん。辛くないのか?」

「へ? あ、い、いえ。だいじょぶです」

「肘掛に体を押し付けてるようにしか見えないんだけど」

「こ、これは、その……すいません、見栄を張りました……ちょっと辛いです」

「だから別にこっちに寄って良いって言ってるだろ。遠慮しなくていいから」

「あ、ありがとうございます……」

恐る恐ると言う表現が似合いすぎる態度で、綾野さんが俺のほうへ体を伸ばす。どうやら相当無理をしていたらしく、体の力が抜けた際、ほっとしたような表情を見せていた。

「八神さん、ありがとうございます」

「いや、バスの席なんだから、自分の分はしっかり取りなよ。……それから、俺のことは名前でいいから」

「え? いや、でも……」

「頼む。苗字、嫌いなんだ」

俺の顔からその奥に含まれたものを垣間見たのだろう。ゆっくりと、頷いた。

「私も、蜜柑でいいですから」

交換条件問いうか、そうするのが礼儀であるかのようにそんなことを言いながら。

 苗字は嫌いだ。なぜなら、否が応にも家族であることを思い知らされるから。

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