林間学校:其の七
「おかしいな、声が聞こえたような気がしたんだが」
「怖いこと言わないでくださいよ」
すぐそこに、先生がいる。見つかれば眠気を呼ぶどころか吹き飛ばされてしまうだろう。段ボール箱の中に隠れたのも、そういう正当な理由があるからだ。が、俺は早くも後悔を始めていた。
ちづの鼓動が、皮膚を通って体内にまで響く。おそらく、俺の心音もそうだろう。互いの心拍数は緊張によって際限なく上昇していて、すぐ近くにいるはずの先生にまで聞こえそうだ。そして、同じく緊張によって荒くなるのを精一杯我慢しているような呼吸が、顔にかかる。妙に扇情的だ。
俺たちが隠れているのは、自動販売機の後ろにある階段の下。物置のように使用されている隙間に置かれたダンボール箱の中だ。人間一人と半分くらいのスペースはある。その中に、俺たちは鮨詰めになっていた。
俺たちの位置から外を覗くには、ダンボールの壁に開けられた、持ち運び用の穴から除く以外の方法はない。
よって、俺たちは顔を寄せるどころか頬同士密着させて、外の様子を窺っているわけだ。
……冷静に分析したら、なおさら恥ずかしくなってきた。
客観的に見た状況を突きつけられ、頬の温度が急上昇して行く。俺の上にちづが半分覆い被さるようにして密着しているのもその一因となっている。具体的に言えば、良樹が冗談で抱きついてくるときとは違う、柔らかさを感じてしまう。否が応でも認識してしまうのだ。ちづも異性であると。
現実逃避がてら、物思いに沈む。
俺の中で、ちづは六年前が半分、現在が半分と言ったところだ。頭では異性であると理解しているし、そうやって接している。
しかし、それがすべてとは言えない。六年前のように、性別なんて意識しないで接するときもある。意識しないというか、俺の中でちづの性別はちづなのだ。男でも女でもない。
そんな認識を、今一から塗り替えられている気がする。今までの考え方が音を立てて崩れ去り、新しく積み上げられている。そんな気分。
「……行ったみたいね」
ちづが声を上げたとき、その意味を正確に理解するのに少々の時間を要した。
「じゃあ、ちづから出てくれ」
「分かってるわよ」
密着していた部分が離れ、空気が入り込んでくる。今までの体温を洗い流すそれは、五月の終わりにしては妙に寒々しかった。
箱から外に出えると、自然にため息が漏れる。千鶴も同じだったようで、顔を見合わせて苦笑した。
「……そろそろ、部屋に戻るか」
それから二十分ほど。ちまちまと喉を通していたお互いの飲み物も底をついた午後十二時前。今までは大丈夫だったが、巡視の先生が戻ってこないとも限らない。
「そうね、私も眠くなってきたわ」
「じゃあ決まりだな。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
千鶴と別れて、部屋への道を辿る。気がつけば張り詰めていた気持ちはすっかり緩んでいて、自然と欠伸が出た。




