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君と、もう一度。  作者: れんティ
林間学校編
22/126

追憶:終

 色彩豊かだった家は、茶色い立方体に占拠された。この間まで大掃除もかくや、という取捨選択がなされ、あたしのおもちゃとかも結構捨てられた。捨てるって難しいんだって、初めて知った。

 「千鶴ー、ちょっといいー?」

階下からお母さんの声がする。その呼び声に応じて、あたしは終業式で貰った写真を鞄に入れた。

 「はい、朝陽君があなたにって」

お母さんから手渡されたのは、封筒だった。一般的な横長のもの。中に入っているのは便箋かな。それより問題なのは、差出人があさ君だってこと。しばらくろくに話もしてなかったのに。

「何で?」

「分からないわ。でも、すぐに渡してって」

協が引っ越し当日だってことは、あさ君も知ってるはず。別れの挨拶でも入ってるのだろうか。

 封を切って、中の便箋を取り出す。わざわざ印刷された行を無視して、紙一杯にかかれた言葉を見たとき、あたしはすべてを放り出して靴を突っかけていた。


『寄せ書きを持って秘密基地に来い!』


 三月になって溶けかけた雪は、数日前の雨も伴って、路面状況を最悪に変え、ジャクジャクと歩きにくいことこの上ない。それでも、あたしは全速力で神社へ向かい、その裏の階段に足をかけた。

「きゃぁ!」

途端。摩擦力の低下した地面を足が捉えきれず、転ぶ。眼前に迫った石段に間一髪で手を突くけど、体中に泥交じりの水が飛び散った。かろうじて、寄せ書きは無事だけど。

 それでも、あたしが秘密基地へ向かうのを邪魔することはできない。あさ君が呼んでいるんだから、あたしは行かなくちゃならない。なんたって、このままお別れは嫌だ。

 やっとのことで石段を登りきったとき、最初に目に入ったのは、秘密基地の前に立つ、あさ君だった。あたしと同じように転んだのか、体の前面に泥が飛んでる。

「あさ君!」

あたしの声が聞こえたのか、あさ君が待ちくたびれたように片手を上げる。その手招きに応えるように、あたしは駆け出していた。

「あさ君、急にどうしたんだよ?」

あたしが着いた途端、基地の中に招かれる。大人しく従ったあたしは、ついに疑問が臨界点を突破した。

「いや、このままちづがいなくなるのは嫌だったからさ、ちゃんと言っておこうと思ったんだ」

「そっか」

それはあたしも同じだ。とは言えなかった。最初に避けておいて、どの面下げてそんなことを言えるのだろうか。

「まずは……ごめん。オレさ、ちづが引っ越すって聞いてから、どうしていいかわかんなくて。お前がどう思ってるかもわかんなくなって、結局避けてるみたいになっちゃってさ」

「ううん。それはあたしもだから。気も使わせちゃったし、やだったよね。ごめん」

「そっか、お互いそう思ってたんだ。ホントに、ごめんな」

「ううん。もういいよ。終わりよければすべていいんだから」

あたしは、結局あさ君から言い出させちゃった。あたしが悪いのに。あたしが元凶なのに。あたしが始めなければ、あさ君だってこんな思いをしなくて良かったのに。

 悪い方向へと突き進んで行くあたしは、もう顔を合わせていられなかった。それを見咎めたようにあさ君はあたしの顔を無理やり前を向かせると、正面から覗き込む。

「ありがとうな、ちづ。オレ、楽しかったから。喧嘩もしたし、嫌な事もあったけど、全部ひっくるめて楽しかったから。オレさ、お前らと遊ぶことだけ楽しみに生きてるんだぜ」

神妙だった顔が、一気に歪む。にこやかに、喜色満面と言った様子で。

「だから、そんな顔すんなって。ちづも楽しかっただろ?」

「うん……うん!」

自分で行ってて恥ずかしくなってきたのか、耳まで赤くなった顔を背ける。仕返しとばかりに、同じように固定してやった。

 傍から見れば、お互いが頬を押さえあって恥ずかしいことを喋っている、変な奴らだろう。クラスメイトに見つかれば、一生ことあるごとに言われ続けること請け合いだ。

 けど、今はそんなことどうでもいい。

「卒業式で六年生が言ってただろ。『楽しかった思い出を胸に、私たちはこの学校から飛び立ちます』って。だから、お前も忘れないで、引っ越し先でも思い出せ。そしたら、オレも楽しいから。手紙もあるし、そこで話せばいい。だから泣きそうな顔すんな」

そう言われて初めて、あたしは自分が泣きそうなことに気づいた。だからと言って、止める術は持ってないけど。

 どちらからとも無く、頬の固定を外す。手のひらに残るあさ君の体温を握り締めて、顔を上げた。

 「それとさ、寄せ書き持ってきただろ? ちょっと貸してくれ」

言われた通り、傍の机に置いておいた寄せ書きを渡す。あさ君は、ポケットから赤ペンを取り出して,なにやら自分のに書き加えた。

「はい、あの時はちゃんと書けなかったから」

「あ、ありがと」

寄せ書きにかかれた言葉は、その横で二重線に消されたものより、遥かに温かかった。

 読み終えて、顔を上げる。

 途端、ふわりと何かに包まれた。

 それがあさ君の体だと言うことに気づくまで、数秒を要した。

「……やっぱり、離れるのは嫌だな」

耳元で囁かれた声が、あたしの肩を震わせる。そして、その内容があたしの心臓を跳ね上げた。仄かに香る水と汗の臭いに、否応なく体が反応してしまう。

「……あさ君……?」

「ごめん、変なこと言ったな。けど、本当だよ。俺はお前と離れるのが嫌だ。今更言ってもどうしようもないけどさ、知ってて欲しかっただけだから、忘れてくれても構わない」

いつもと違う口調、声音、行動。三人ではしゃぎ回っているときとは違うその姿は妙に大人びていて、でもあさ君だった。

「……うん、あたしだって嫌だよ」

「そっか。それが聞ければ十分だ。……またな、ちづ」

「うん、またね、あさ君」

伝えられなかった言葉は、口にしなくても何となく二人分かっていた。

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