林間学校:其の四
「いやー、酷い目にあった」
「良樹知ってるか? そういうのを自業自得って言うんだ」
「因果応報とも言うわね」
「せめて愚痴くらい言わせてくれよ……オレ、一番最後だったから見てないんだ」
「見てたらもっと酷い言われようだったと思うぞ」
良樹にちらりと目配せする。オレの視線を辿った良樹は、げんなりとした表情で肩を落とした。だから、関わらない方がよかったのに。
ちなみに、俺が教え、良樹に止めを刺したのは綾野さんの視線である。限りない侮蔑と嫌悪は、普段中々そういうことを表に出さない綾野さんだからこその威力を秘めている。
「それでは、七組、集合してください!」
学級委員――例によって女子――の号令を受けて、クラスメイトが三々五々集まって行く。目的地は、スタート地点の横に設置された長机。そこに、肝試し担当の生徒が三人腰を下ろし、業務に当たっている。その一つが、くじ引きだ。
肝試し、と銘打つ以上、クラスメイトの三十数名が固まって行くのはよくない。それではただ行って帰ってくるだけの夜の散歩にしかならないからだ。せっかく雰囲気のあるコースで、脅かし係も力を入れている分、それは避けたいのだ。
そこで、暮らす内で九時を引き、同じ番号の二人一組で行動することになる。正確には、前の組が出発してから五分後に次の組がスタートするのだ。往路が五分、復路五分の往復十分が目安であるため、丁度前の組が折り返す頃に出発することになる。
そして、肝試しのコース。これは、旅館裏手に広がる雑木林を抜け、その先の元墓場な原っぱ最奥で折り返し、違う道で雑木林を戻る、というもの。その際、折り返し地点に指定されている墓の名残で自分たちの番号が記された髪をそれぞれ回収する必要がある。よくもまあこんなにうってつけの場所を探し出したものだと感心するが、それを口に出すのはこの際無粋と言うものだろう。
閑話休題。集合及び点呼が完了し、前から順にくじを引いて行く。
俺たちの番が来るまで、そう時間はかからなかった。
「よっしゃ! こ、れ、だ!」
妙にハイテンションな良樹、
「え、えっと、この中に手を入れるんですか? ……は、はい! えっと、……じゃあこれで」
係員にまでおどおどする綾野さん、
「蜜柑、そんなに焦らなくて良いのよ? ……これね」
入浴中に綾野さんと呼び方についての議論が行われたらしい千鶴、と俺の前から人が減っていき、
「……こんなの、上から引けば良いだけだろ。そこまで興奮するのか?」
ついに俺の番になった。良樹との会話に注意力の大半を傾けながら引く。
「じゃあ、せーので開くぞ? ……せーの!」
ちなみに、このくじ、男女いっぺんに引いていることから完全なる運である。男女どちらとペアになるかすら分からないのだ。つまり、この四人の中でペアができるのは万に一つの可能性と言っても過言ではないはず。わざわざもったいぶる必要など無いと思うんだが。
「十七だ」「二十二、です」「三番ね」「三だな」
……おそらく、俺は半年分くらいの運を使い果たした気がする。周囲には気をつけよう。
「なんだ、お前らペアか?」
「も遺体だな。お前は誰となんだ?」
「オレが知りてーよ。おーい! 十七って誰だー!?」
良樹がペアを探して人だかりの中へと消えて行く。まったく、こういうときの積極性は尊敬に値するな。もう見つけたみたいだし。
「蜜柑は、誰となのかしらね?」
「わ、私は……分からないです」
「探せば良いじゃない」
綾乃さんの表情が、不安に塗り固められているのを見て、俺は意図せず自分のくじを差し出していた。
「あやのさん、不安なんだろ? よく知らない人と一緒になるのが」
「え? え、あ、はい」
「じゃあ、千鶴と一緒になればいい。俺と交換しよう」
「あ、いや、その、それは、申し訳ないので、大丈夫です」
「でも楽しくないんだったら意味ないだろ。俺なら誰とでもまあ、何とかなるから」
そこで言葉を切り、表情を窺う。ここでゴリ押ししても禍根を残すだけだし、引くことも大切だ。
ただ、張本人である綾野さんは、くじでも地面でも、ましてや俺の顔なんかでもなく、千鶴を見ていた。性格には、そこに浮かぶ表情を窺っていたというべきか。瞳の色から心情は読み取れない。
「いえ、あの、やっぱり遠慮します! わ、私なら大丈夫なので!」
次に綾野さんが発した言葉は、いつもの気弱な様子からは創造できない、断固とした拒絶だった。そのまま、どこかへ走り去ってしまう。
「なんだったんだ……」
「まあ、本人が大丈夫だって言ってるなら、大丈夫なんじゃないかしら?」
「そうだけど、強がってる可能性もあるからな。そういう時は無理やりにでも止めさせた方がいいんだけど」
「そうね。ただ、そこのみきわめをきちんとしないと、ただのおせっかいよ」
耳が痛い。言い返すどころか返答すらママならず、曖昧な苦笑を返した。
前方では、早くも一組目が出発したところだ。男子二人のペアで、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら遠ざかっていく。コースになっている小道の入口に設置された古めかしい門が閉められたことで、その姿は見えなくなった。
「俺たちは三番だから、もうすぐだな」
スタート地点では、既に二組目が待機している。今度は女子二人のペアらしく、周波数の高い声が俺たちの耳にも響いてくる。
何気なく発したその言葉に次いで、千鶴の方に顔を向ける。その顔は、心なしか青ざめていた。
「……怖いのか?」
「い、いえ? べ、別にそんなことは無いわよ」
「怖いんだな」
「ち、違うわよ!」
気丈な態度とは裏腹に、足は震えているし、視線も定まっていない。それを怖がっていると言わずして、何と言うのだろうか。
記憶の底を掘り起こす。そういえば、千鶴はホラーが苦手だったか。




