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君と、もう一度。  作者: れんティ
番外編
117/126

淡き日々への挽歌:其の三

 雪国と表現して差し支えの無いこの地方では、十月などとっくに初冬である。

 出かける際、一言断るために母親に声を掛ければ、小夜子の服装を見るなりそう諭され、渋々厚めのコートを羽織ってからの外出と相成った。とは言え、家を出て数分、駅までの道を進む今となっては、母親に足を向けて寝られないと決意したほどではあるが。

 今日は、良樹と理沙、そしてもう一人部活の後輩を加えて、山川駅で遊ぶ予定だった。おそらくはウインドウショッピングが主になるであろうが、それはそれで楽しいものだ。胸が弾むのが当然であり、本来ならばスキップでもしそうな気分に浸っているはずなのだが。

 小夜子は、線路沿いの道を俯き気味に歩いていた。下手をすればとぼとぼ、などと表現されてしまいそうな、そんな姿だ。

 理由は一つ。小夜子は、あまり友人との外出を好まない。やはりどこか気を使ってしまう友人たちと出かけたところで、それはただ気詰まりなだけだ。良樹は気楽に接することができる数少ない友人の一人だが、その他の二人はお世辞にも気の置けないなどとは言えない関係だ。だからこそ、小夜子は今、気乗りしない足を意志力で動かして、駅に向かっている。

 一度駅を通り過ぎ、歩道橋を使って線路の反対側へ回る。待ち合わせは反対側の改札前だ。少々面倒ではあるが、純正なる体育会系である小夜子にとって、取るに足らない運動量だった。

 歩道橋を下り、いつもあの二人と通る道を遡る。そういえば、休日はどうしているのだろうか。特に、前髪が長くてとっつきにくい、あのテンションの低い後輩の方が何をしているのか、気になる。

 そんなことを考えていたら、反対側から歩いてきた人と目が合った。もっとも、前髪が長くほとんど目を隠しているため、気がしただけなのだが。

 今の今まで思い浮かべていた姿が目の前に現れ、無様なほどうろたえてしまう。そんな小夜子の様子に頓着した様子も無く、けれど少しだけ驚いたように目を大きくした朝陽は、不意に口元を少しだけ緩めた。

 その小さな笑顔が、小夜子の心臓に突き刺さる。何故かはわからないけれど、春に初めて朝陽の瞳を直視したときと、同じ感覚に襲われる。

「……清水先輩。こんにちは」

「あ、う、うん。やっほー、あさひ。今日はどっか行くの?」

そんな胸中を押し隠し、対抗するようににっこり笑う。

「……はい。本屋に」

「あー、この辺りはおっきい本屋少ないもんねー」

そう返したものの、朝陽からの返答は無い。気まずくなって固まる笑みと空気をどうにかしようと頭をフル回転させる小夜子を余所に、朝陽が小さく首を傾げる。

「清水先輩の私服、初めて見ました」

唐突な反応に、どう返して良いのか分からず硬直する。

「あ、すいません」

「あー……んーん、だいじょぶ。変かな?」

「いえ、その、いいと、思います」

体を左右に捻り、着ている服を朝陽が良く見えるようにする。朝陽の反応を不安がり、褒められればとたんに顔が熱くなっていく自分に驚きながら、にへらっと笑う。

「そ、そう……かな。あ、ありがと」

朝陽の顔を直視できなくて、目を逸らす。

 その視界に、懸命に走ってくる良樹の姿が映った。

「あ、よっしー!」

場をごまかす意味も込めて、大きく手を振る。律儀なのか子供なのか、走りながら手を振り返してきた良樹は、小夜子たちの前で急停止し、息せき切って喋り出した。

「あの、理沙たちは、なんか急用で来れなくなったって……」

「え、ほんと?」

「はい、朝言われて、すぐ先輩に連絡しようとしたんですけど、気づいてないですよね?」

言われて、ポケットから携帯を取り出す。

「……あ、ごめん、電源切ったまんまだわ」

昨日の夜、家族で映画を見たときから切りっぱなしだったらしい。道理で、静かだったはずだ。通知も何も、電源が入っていないのだから。

「まあ、そういうわけで、二人が来れないそうです」

「ありゃりゃ、アタシたち二人だけ?」

「そういうことになりますね」

はにかむ良樹には悪いが、ますます気乗りしない。二人きりなど、どこかで誰かに目撃されたらどうするのだ。噂が立てば、面倒な事になる。とはいえ、ここで小夜子まで帰るのは、良樹がかわいそう過ぎるだろうか。しかし、気乗りしないのもまた事実である。

「……すいません、俺はこの辺で」

板挟みに悩む小夜子に、横から声がかかる。それが、閃きを生みだした。

「あ、じゃあ、あさひも一緒に行かない?」

振り向いて、既に歩き出していた背中に声を掛ける。

「よ、朝陽。一緒に行こうぜ」

「ああ、良樹。でも、どこに?」

「山川の方を予定してたけど……あさひはどこに行くつもりだった?」

「山川の方かなと」

「じゃ、いーじゃん! ちゃんと本屋には寄るからさー」

そう詰め寄れば、渋々、と言った風に朝陽が頷く。

「じゃあ、決定! それじゃ、しゅっぱーつ!」

気分が高揚していくのがわかる。それが何故なのかは、わかっていないけれど。


 「おえぇ……」

「良樹、大丈夫か?」

「おう、降りれば数分で治まるからな」

「まさか、よっしーがそこまで乗り物に弱いとはねー」

良樹を気遣い、歩幅をあわせて隣を歩く朝陽をちらちらと振り返りながら、一歩前を歩く。

「まあ、乗り物に酔いやすい酔いにくいは人それぞれですから」

「ま、それもそっかー」

しっかりフォローしてきた朝陽の言葉を流し、先導しながら物思いに沈む。

 とっつきにくいと思っていた。それが本音のはずだった。無愛想で、テンションが低くて、会話が続かない。そんな、あまり関わりたくない類の後輩だと。

 けれど、今小夜子の後ろで良樹を気遣う朝陽の姿は、その特徴のどれにも当てはまらない。そして、ここまで、時折見せた笑顔は、無愛想などという言葉とはかけ離れているような気もした。

 だから、悟る。朝陽は、ただ少しだけ人付き合いが苦手なだけなのだと。それを誤解して苦手意識を抱いていた自分の馬鹿さ加減を。

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