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君と、もう一度。  作者: れんティ
番外編
116/126

淡き日々への挽歌:其の二

 「清水先輩!」

不意に後ろから飛んできた呼び声に、小夜子は足を止め、振り返った。

 そろそろ日も沈もうかという午後六時、部活が終わってそろそろ十分が経つ頃だ。掛けられた声は新入部員、どうやら手際の良い部員がいたらしい。

 小夜子の所属する神原第一中学校女子バスケットボール部は、ほとんど男子と合同で練習を行う。人数の少なさが理由だが、それはいい。

 新入生は伝統的に、体育館の掃除をしてから着替えるのが義務だ。それ以外のボールやらなにやらは上級生も片付ける、縦社会なんてあって無いような部活ではあるが、それだけは何故か伝統になっているのだ。そして、体育館の掃除は案外時間がかかる。それは、小夜子も去年一年間やっていたから身に沁みてわかっている。のだが。

「んー? なにかな? 樋口君」

「あ、良樹でいいですよ」

用件そっちのけでそんなことを言い出す、小夜子よりも少し背の低い男子は小夜子の監督下にある女子部員と仲が良かったはずだ。

「じゃあ、良樹君。理沙っちはいーの?」

「あ、理沙なら他の女子と帰ってますよ、ここんとこ」

まあクラス別ですしねー、と笑う後輩は屈託無く、身構えた自分が少し愚かしく思えた。

 「そこでですね、清水先輩。一緒に帰りませんか?」

唐突な問いに面食らいながらも、辛うじてテンプレートな返事を舌に乗せる。どれだけ踏み込んで良いのか、小夜子にはまだ掴めないでいた。

「良樹君は、駅の方なの?」

「あ、駅の方ってわけじゃないですけど、途中まではそうなんです」

「そっか。じゃあ、一緒に帰ろーか!」

「はい!」

パッ、と輝いた良樹の笑顔に気圧されながら、並んで歩き出す。体育館から渡り廊下を通って昇降口へ。

 昇降口前に広がるホールに出たところで、反対側から出てきた男子生徒と目が合った。もっとも、目が隠れるほどに長い前髪のせいで、あくまで『気がした』だけなのだが。

「あ、八神じゃん」

「おー、知り合い?」

思わず、と言った風に呟いた良樹に聞き返せば、何が楽しいのか弾んだ声。

「はい、クラス同じなんです」

言うが早いか、小夜子を置いて駆け出していく。どうも、小夜子の後輩はハイテンションがデフォルトらしい。あれだけ部活で汗をかいた後だというのに、そんな疲労を微塵にも感じさせない動きだ。

「おーい、八神!」

ヤガミ、と言うらしい前髪の長い少年の方も気づいてはいたのだろう、軽く手を上げて良樹の呼びかけに応えている。けれど、二人の温度差が、小夜子には微妙にすれ違っているように思えた。

 とはいえ、そんなことにかまけていつまでも馬鹿みたいに突っ立っているわけにもいかない。仕方なく、小走りで良樹を追いかけた。

「八神、お前も今帰るとこ?」

「ああ、うん。樋口君も部活終わったんだ」

「おう、さっきな。……あ、そうだ、オレの先輩」

追いついたところで、行き着く暇無く話を振られ、あたふたと戸惑ってしまう。それを察したのだろう、ヤガミと呼ばれた少年は特に何も言わず、前髪の向こうから小夜子を見ていた。小夜子には断言できないが、おそらく見ているのだろう。

「アタシは清水小夜子。良樹君の先輩で、女バス部員」

「……八神朝陽です」

「八神、そういや部活は?」

ぼそぼそと返され、何を話せば良いのか決めあぐねていたところへの、助け舟。どうやら小夜子の後輩は、予想以上に気が利くらしい。もしくは、タイミングだけがいいのか。

「俺は入ってないよ。図書委員だし」

「図書委員!?」

朝陽の口から紡がれた言葉に、思わず頓狂な声を上げてしまう。小夜子からすれば、考えられるはずの無い選択を選んだ目の前の少年を、遠慮なく凝視してしまう。

「清水先輩、どうかしたんですか?」

「うーうん、ちょっとびっくりしただけ。あの不人気委員会ナンバーワンに入ってるなんて、じゃんけんで負けたの?」

「いえ、自分からです」

「それこそ驚きだよー。だって、図書委員って、日替わりで昼休みと放課後ずっと、図書室にいなきゃならないんでしょ? 遊んだりとかできないじゃん」

「誰かと騒ぐより、図書室で静かに本を読んでる方が性にあってますから」

小夜子の疑問をばっさりと切り捨て、話は終わりとばかりに会釈した朝陽を、

「あ、ちょっと待てよ!」

良樹が引き留める。何かと思えば、簡単なことだ。この後輩は、年相応に無邪気なのだ。

「お前も確か、途中まで駅の方だろ? 一緒に帰ろうぜ!」

予想通りの言葉に、小夜子は一人笑う。

 そして、その提案を受けた朝陽は、小さく笑って頷いた。


 下駄箱で改めて自己紹介を終え、「苗字は嫌いだ」と言い放った朝陽の呼び名が決定したところで外に出れば、既に日が沈んだ後だった。

 そして、現在小夜子たちが歩いている線路脇の道は、お世辞にもあまり明るいとは言えなかった。並んだ柵が、不気味な雰囲気をかもし出している。

 「うーん、アタシ、あんまり小説は読まないかなー。どっちかっていえば漫画派だから。その代わり、漫画はけっこう読むよ?」

「あ、じゃあ『死神の護り』ってわかりますか!?」

「わかるわかる! 神様を宿した人間のバトルでしょ!?」

そこで一歩後ろを歩いていた朝陽を振り返り、同じ問いを投げかけてみる。

「あさひは、知ってる?」

小夜子の声に顔を上げた朝陽は、先ほどまでと変わらない、静かなトーンで答えた。

「はい、結構好きです。あの先生、いいですよね」

「だよね! 走っていくとこの独白が!」

自分が好きなキャラクターに言及され、テンションが突沸した小夜子とは対照的に、朝陽は静かな表情だ。もっとも、前髪のせいで目は見えないが。

 その表情に焦る小夜子の後ろから、電車が走り去っていく。その明かりに照らされて、一瞬だけ、朝陽の目が見えた。

 ばっちりと、まともに視線が絡む。

 その真っ直ぐな瞳に何故か高鳴った心臓すら見透かされそうで、咄嗟に目を逸らした。

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