お飾りの皇帝と離別
帝国歴十五年。
大陸の国は三つの国のみとなった。
どこも拮抗した冷戦のような状態だった。
帝国では若いままの皇帝を神と信じる者達が増加し、愛国心が芽生えていた。
もうかつての小国の事を知らない、帝国で生まれて育った世代の誕生である。
歴史の授業で祖父母に戦争の事を聞こう、なんて物まであるのだから時代の流れを感じてしまう。
やり過ぎ感はあるが、刷り込みで皇帝は偉い人というのが共通認識だ。
エルジア聖教国連邦とは国交を断絶していた。
何故なら奴等は俺達の国を邪教の国と言って、アンデットに支配された国と批判するからだ。
批判するだけで戦争にはならないが、小競り合い程度なら何度かあった。
テラ大王国とはそれなりの関係を築いていた。
ナオキの方から絶対アクションがあると思ってたのに何もないのが不気味だが、貿易はする程度の関係である。
大規模な軍事行動に出ればエルジアが動くだろうから何もできず、経済的な地味な駆け引きが行われていた。
当初の予定と全く違い、想像出来ていない状態になっている事から素人がここまでやったのはスゴイが
失敗したと言えるだろう。
人間をやめて、凡人に出来ない事をしても何でも出来る訳じゃないのだ。
何度も改築して今では立派になった首都の城。
その中の会議室は拡張され国会議事堂のようになっていた。
帝国議会と名を変えたその場所で会議が行われている。
その議会の中央には女すら息を呑む美貌の女帝がいた。
ルージュ・カオス皇帝陛下である。
彼女は精巧な作りの椅子にゆっくりと座る。
ふわりとドレスが動き、そこから白い肢体が見え隠れした。
足を組んだ姿は堂々としたもので、皇帝らしい姿であった。
「皆の者、大義である。では、これより帝国議会を開廷せよ!」
その場にいた者達が一斉に頭を下げた。
権威の為に俺とソレイユが考えた儀礼である。
やっぱり一礼とか偉い人にはするもんな。
議長によって会議は進められる。
好き勝手話し合い、そして最終決定を皇帝が出す。
全て根回しがされており、形式的な物で皇帝が納得いかなければ意見を出すだけである。
そして、たくさんの案件の中いつも問題になる議題が上がった。
「我々はエルジア聖教国連邦に徹底抗戦するべきであります!」
「いや、それよりもテラ大王国を攻める事こそ悲願ではないか!」
「待て、戦争よりも資源の確保を優先して両国と良好な関係を築くべきだ!」
それは国家間の問題である。
現在、小競り合い程度で大きな戦争は無く睨み合いが続く現状であり、軍事力に優れているからこそ使うべきであると主張する開戦派と現在の状態を続けるべきであるという日和見派に分かれていた。
その中でも開戦派は宗教色の強い者達が所属するエルジア開戦派と古い世代で当初から仮想敵国にしていたのだから攻めようと言うテラ大王国開戦派に分かれていた。
ルージュは、ゆっくりと手を上げる。
すると議長の方から静粛にという声が上がった。
その言葉に徐々に静かになり、完全に静まった所でルージュは口を開く。
「何度も言っているが、私は現在の状況を維持するつもりであり開戦はしない。不満もあるだろうが、真の敵は魔王であり、人類同士が戦うべきではないのだ。だが皆の意見を考えるに、どちらの国も問題がある。今後は抗議文を出し、対応を見てから国の方針を決めたい」
「異論のある者はおりませんね。では、次の議題に移ります。次は――」
皇帝から直接の意見に逆らう者はいない。
片方はその実力から従い、片方は敬意から従っているからだ。
戦争を知る世代はルージュが夜戦で最も強い事を知っており、戦争を知らない世代は教育によって偉大さを知っているからだ。
だが、それでも不満は溜まっていく。
帝国議会が終わり、ルージュは自室に戻る。
政務などは全て家来に任せているので、自分が関わる仕事と言うのは少なく暇なのである。
株主に近い形態か、皇帝の仕事を代わりにやる者は多い。
御飾りの皇帝、それは建国の時から変わらない。普通は反旗を翻されそうだが、ギアスロールの契約は絶対。一度、自分が死ぬと分かりながら破った者もいたが対策はしてある。
さて、そんなお飾りで暇な皇帝の部屋に一人の男がいた。
鉄仮面と裏で言われる宰相ソレイユだ。
ソレイユは、部屋で鉄の仮面を外して紅茶を飲んでいた。
口元に流れる傍から消滅するのだから、紅茶がどこに行っているか不思議である。
「なんだ、いたの?」
「ちょっと、話が出来たんでな」
彼女は気怠そうにベッドにダイブする。
それを意志の介在しない目で見ながらソレイユは聞いた。
「ヤンヤンにも聞こえてるのか?」
「影の中にいるけど、五感は共有してるからね。何で?」
「あぁ、アリアが死んだ。流行り病だそうだ」
その言葉にベッドで寝ていた彼女の顔が驚きを表した。
起き上がり、目を見開いて本当なのと聞き返し答えが返って来るや否や悲しそうに俯く。
「そう、もう四十ぐらいだったものね」
「四十二だ、心臓の病気が流行り病のせいで悪化したみたいだ」
そうか、と二人は沈み込んだ。
自分達と無縁の死が仲間に訪れたからだ。
「ちゃんと逝けたの?」
「穏やかな物さ、思い残しも無かったよ。ゴーストになるのを期待していたのにな」
「そう、なら良かったわ」
最近具合が悪いのは知っていたが、まさか死んでしまうなんてとルージュは思った。
カシスも最近は子供を産んで静かに暮らしているし、マインも工房に顔を出さなくなったと聞く。
現役はエリーだけだった。
確かに発展したおかげで平均寿命は延びているが、五十で大体の人間が死んでしまう。
最長でも七十くらいか。少し、早死ではあった。
「後で報告があるんでしょうね、役職持ちだったし」
「まぁ、直ぐに来たからな。でもって、話したい事は他にある。アリアが生前に調べていたことだ」
「調べていたこと?」
「流行り病になる前にスラムの方を調べていたらしい。エルジアの方だ、どうやら内通者を探していたみたいでな。勿論、既に処罰済みだ。処罰しなかったらゴーストになって出て来るからな」
アリアが生前、エルジアのスラム街で調べた事は死ぬ間際にソレイユに伝わり既に処理は行われていた。
しかし、ソレイユが言いたいのはそう言う事では無い。
「やはり腐敗が出て来たな、大方お前の代わりになりたい奴らだろうな。俺達の弱点である奇跡、えっと聖術だか神聖魔術とか、色々名前があるアレを使える暗殺者を出そうとしてたみたいだ」
「そう、未然に防げてよかったわ。でも、それは問題ね」
「世論の方も戦争派に賛成している者が多いな。反対してるのは年寄り連中だけだ」
軍事国家故に仕方がない事だったが、瓶の中に爆竹を入れているように不満は爆発して皇帝の威厳と言う蓋を破ろうとしていた。
やはり、国家の運営を配下の者に任せる体制が悪かったのだろう。
「それで、そろそろ俺達も覚悟しないといけない」
「遂に、戦う事になるのね」
「問題としてはナオキとペトロだ。アイツらをどうにかしないと話にならない、動きは全て読まれているだろうな。だから魔王の討伐に行かせろと言っているのに動こうとしないテラ大王国をどうにかする」
「どうするのよ?」
「ヤンヤンを使ってドラゴン達を奪って、エルジアと戦争させる。今、奴らに手を組まれるのが一番拙いからな」
それは俺のドラゴンイーターから得たフェロモンのような物でドラゴンを率いて襲撃すると言うものだ。
当然俺は危険だが、これでテラ大王国はエルジア聖教国連邦と戦争させることは出来る。
ドラゴンの大量保有などテラだけだからだ。
「なんて言うか、もっとあとから腐敗すると思ってた」
「カリスマが足らないんだろ、十年保ったんだ大したものだ」
「実質、国を動かしていたのはアンタなんだから当然よね」
皮肉交じりにルージュは笑う。
人を馬鹿にしたような笑みだった。
「参ったな。俺のせいかよ」
「決まってんでしょ、ほらどっか行きなさいよ。変な噂とかされたくないんだから」
「ヘイヘイ、仕事に戻りますよ」
いつもと変わらないルージュに毒気が抜かれたソレイユは出て行く。
「また、一人か……」
退出したのを見計らうかのようにそんな言葉が、零れ落ちた。
閉じたドアの先で彼は聞かなかったことにして、去って行く。
自分くらいは長生きしてやろうと思いながら歩み続けた。
俺を使った作戦行動は、単独での任務となった。
俺だけが向かい、全てを遂行するのだ。
俺達が関わっているとは思わせないための動きだった。
夜、俺はルージュの影から飛びだした。
テラ大王国まで凡そ一週間。
休憩や、睡眠を挟むならばニ週間と言った所か。
俺自身、ドラゴンフェロモンと名付けた能力がどんな結果を出すかは分からない。
だが、ドラゴンに対して有効であることは確かだろう。
『綺麗ね、風が気持ちいわ』
「おいおい、仕事放り出して五感共有するなよ」
『良いのよ、どうせ暇だし寝てるようにしか見えないでしょ』
今、公務の真っ最中な筈だと思いながら俺は空を滑空する。
下は雲が延々と広がり、頭上には星々が見え、視界の端には昇ってくる太陽が見える。
呼吸はしにくいが、絶対に見つからない高高度。
雲と山の山頂ぐらいしかない世界。
飛行機から見る景色のようである。
『あぁ、太陽か。綺麗ね、懐かしいわ』
「俺には当たり前の光景なんだけどな」
『半分くらい吸血鬼の癖にアンタ、ズルいわよ』
「へいへい、悪かったな」
そんな軽口を叩きがら、俺は最初の休憩ポイントであるイグニスとアクアの間にある山に向かっていた。
これから一週間後、命がけの作戦が始まる。




