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もう少しだけ、頑張ってみよう

ここは……どこだろう?


真っ暗な暗闇と一筋の光。

その二つの要素で構成された世界。

これが死後の世界だろうか。


最後に見た光景は、白い世界だった。

それが、俺を飲み込んだ。いや、本当に白い世界が飲み込んだのだろうか?

あの時、視界は全て白く塗り潰されていたが俺は触れてない。

そう、あの魔法に触れてはいない。しかし、飲み込まれた感覚はあった。


「あぁ……そうか!ここは影の中か!」


酷く静かで、眷族達はいないがここは影の世界なのだろう。

では、あの光は外の世界への入り口。影の世界が存在すると言う事は、俺達は死ななかった。

待っていろメアリ、俺がお前を助けてやる。




光の窓を潜ると、そこはベッドの上だった。

始めに見えたのは、驚く眷族達の姿だ。

そして、俺の主人が眠っているだろうベッドの上へと生きてるか確認するように俺は首を動かした。

幼女がいた、えっ?


「どうなってやがる、俺は夢でも見ているのか?」


目が覚めたら、知り合いが幼女だったなんて夢としか思えない事象である。

ありえない、現実が嘘を吐いている。いや、何言ってんだろ。


「よくぞご無事で、我ら一同ヤンヤン様の帰還を待ち望んでおりました」

「これは……お前達、説明できる者はいるか?」


俺ほどファンタジーに驚き慣れている存在はいないだろう、俺はこういう事もあるかと納得して眷族達を見る。

部屋にいる眷族は十にも満たず、全て吸血鬼で構成されていた。

全員が片膝を着いて臣下の礼を取っており、ご報告しますと一番先頭の者が口を開いた。


「ルージュ様が御隠れになり、既に数週間が経過しております」

「御隠れって、死んだってことか……でも、メアリは……いや、ルージュは多分これなんだろ?」

「その通りでございます。ルージュ様はこの部屋の呪術に使われていた自身の血から復活されました。しかし、その際に影の中にいた者達を吸収したと推測します。外から確認した際は、ヤンヤン様の肉片以外は存在していませんでしたので」


それは、俺が眷族と言うには特殊であったからだろうか。

俺は死ぬ間際、影の中に入れられて代わりにルージュが消滅した。

そして、ルージュは偶然使っていた血から復活したと言う事だ。分かってやっていた訳ではないし、死ぬなんて思ってなかった。本当に、運が良かった。


「ヤンヤン様の再生能力にて、完全復活するまでに起きた事はもう一つあります」

「何だ?」

「グール達の暴走です、推測ですがルージュ様の力が弱まり本来の理性無き怪物と成り果てました。そして――」


その言葉は余りにも予想外であった。


「――街の全てがグール達の支配下に置かれました」

「全て……だと?」

「はい、ネズミ算式に増えたグールにより、全ての人間がグールとなりました」


俺の中で記憶が流れるように浮かび上がる。いつもストーキングしていた三男坊。近所の生意気な餓鬼ども。犬じゃねぇって言ってもワンワンと言っていた赤ん坊。世話焼きなおばさんに、セクハラ好きのギルドマスター。その他にも会った事がある人達が浮かんでくる。


「今は、支配力に抵抗できる吸血鬼の我々しか残っておりません。他の吸血鬼はグール達に、かつての同胞を止めようとした際に捕食されました」

「嘘、だろ。だって、仲間じゃないか」

「じきに、夜が参ります。この領主の館にカジノからグール達が襲いに来るのも時間の問題。そこで、我々の願いをお聞きください」


それは、決心するような目だった。強い力の篭った眼差しが、俺に向かって注がれているのだ。


「影の眷族達からグールであっても吸収される事が証明されました。最早、ルージュ様以外にグール達を止める事は叶いません。我々がヤンヤン様の復活を待っていたのはルージュ様の説得をお願いしたいからです」

「説得だって?頼まなくても、お前達が……いや、そういうことか」

「御察しの通り我らは吸収される所存です。数はありませんが質は勝っております。衰弱したルージュ様を起こす事は可能でしょう」

「本当にやる気か。今は逃げ続け、ルージュが復活した際には地上はお前達の望む世界になるかもしれないんだぞ。目が覚めたら、グール達だって言う事を聞くかもしれないんだぞ」

「アンデットが支配する世界、その頂点にルージュ様がいるのなら素敵な事でしょう。でも、ルージュ様は優しすぎる。きっと、グールを野放しにする事を許してはくれないでしょう。これでいいのです」


死ぬかもしれないのに、本望と言うかのように眷族達は笑っていた。

決心が変わる事はないのだろう。恐らくグールを野放しにしたくないのと同じくらいに、眷族達を吸収したくないと分かっているはずだ。

それでも、吸収される気なのだろう。


「分かった、ここで止めてもやるんだろ」

「えぇ、やり方は本能的に理解しておりますので。今まで、ありがとうございました。ルージュ様をお願いします」


眷族達の身体が崩れていく。

欠けるように肉体が零れ落ち、落ち行く肉体は砂金のように輝き飛んで行く。

その行く先は幼女であるメアリ、彼らの主人ルージュの元だ。

それは、吸い込まれる様に身体へと溶けていきルージュに力を与える。

与えられた力を表すように早送りで成長していく幼女。

幼女は少女に、少女は女性に、元の元気だった頃へと戻っていく。

その行為は、確かにルージュに力を与えていた。




重い目蓋がゆっくりと開かれる。俺達の寝坊助がやっと目を覚ました。

それは完全に眷族達が吸収されて数秒の事だった。


「ここは……死後の世界なの?」

「外れだ、ここは領主の館でアレから結構時間が経っている」

「そう……あっ、あぁぁぁぁ!?生きてる、私生きてる!やった、何でか分からないけど生きてる!」


はしゃぐようにベッドの上で飛び跳ねるルージュ。

状況は最悪だが、分かっていないのだから無理もない。


「ねぇ、ヤンヤン!みんなはどこ?どうしてアイツら復活した私の前にいないの?それに今の状況だって聞かないといけないじゃない」

「……いないんだ」

「そう、いないの。じゃあ、カジノの方なのね」

「そうじゃない、この世界にいないんだ」

「何言ってるの、それじゃ死んでるみたいじゃ……えっ?」


その顔が見る見るうちに青ざめる。笑顔も消え、嘘だと言わんばかりに驚愕に満ちた顔になっていた。


「どうして、ナオキが殺したの?それとも先輩?早く、復活させなきゃ……」

「……メアリ」

「ダメよ、どうしてよ。また一人になっちゃうじゃない、嫌よ!一人は嫌!」

「メアリ!」

「ッ!?」


自分の身体を抱きしめながら混乱する彼女を本当の名前で呼び続ける。

やっと、気付いたと思ったら彼女は泣いていた。


「夢じゃ、ないのね」

「えっ?」

「みんながお願いするの……私に入って来るの……」


何かに怯えるように、自身の身体を更に抱きしめながら言う。


「グールを止めてくれって、人間の家族を救ってくれって、生きてくれって……」


それは、もしかしたら吸収された奴らの思いだったのかもしれない。


「無理だよ……何で期待するのよ……勝手に死んで、馬鹿だよ!」

「誰が死んで良いって言ったのよ!私はそんなの望んでないのに!命令無視ばっかりして!」

「私はやめろって!生きろって!止めたのに、止めたんだよ……」


メアリが無言で俺を抱きしめる。

ごめんね、と誰かに謝りながら俺を抱きしめる。

やはり、アイツらと寝ている時に話していたのだろう。

一部になるのだから、そんな風になる事もあるだろう。

この世界では魂の存在は確認されている、魂だけとなって語りかけても何ら不思議じゃない。


「もぅ……やだよ……」

「メアリ、それでも俺らはお前に生きて欲しいんだ」

「…………」


メアリは答えない、俺に顔を埋めたまま動かない。


「グールを止めてくれ、お前しか出来ないんだ」

「…………」


身体は震えていた。

もしかしたら、自分が吸血鬼になったから、ナオキを殺そうとしたから、そうやってどんどん自分を責めてるのかもしれない。そう言う事になるなんて簡単に予想できる、本当大変な事を頼みやがって。


「アイツらの死を無駄にしないでくれ」

「……ごめん」

「メアリ……」

「もう……平気だから……」

「……あぁ」

「でも、もう少しだけこのままでいさせて……」


メアリはもう泣き止んでいた。昔のままの彼女はもういない。

そこにいるのは、吸血鬼の女王。臣下の願いを背負う皇帝だ。

紅の帝国、女帝ルージュの姿があった。




領主の館を出ると、空は夕暮れだった。

日の光は弱まっているが、確かなダメージを与える。夕日が体に注がれていた。

外に出るルージュの身体は微かに焼けて灰になっていたが、それを本人は気にした様子無く進んでいく。

その視線の先にある、影から此方を窺うグールしか見えていないからだ。


「グルルルルル……」

「言葉を忘れ、獣に成り下がったか」


完全な闇が到来する瞬間、ルージュは飛び掛かるグール達を見ながら言った。


「すまない、ゆっくり休め」


その瞬間、グール達は光の欠片となり消失してルージュの中へと入っていった。




夜、俺達は僅かばかりの金と売れそうな物を民家から拝借した荷車に入れていた。

手持ちの金は大金ではあるが、ここに残してる量に比べたら微々たるものだ。

元はこの国の貴族の物、それが全て国の物になるだけだ。影の中には触れてないと持っていけないのだから仕方ない。


店は、必要な物以外は残して燃やした。色々な国の集めた魔法や研究を戦争に使われないためだ。

大量の金と大義名分、有り余った食料はきっと戦争の引き金となる。

回避できないから魔法の技術だけは消したかったのだ。

街の中には金や食料、住民や貴族の衣服だった物以外に鎧や法衣が落ちている。

きっとグールになった中にこの国の調査隊とでも言える奴らがいたのだろう。


「また、一人になったね……」

「金はあるんだ、生活は出来るさ」


俺は荷車を馬の代わりに引きながら答えてやった。


「ヤンヤン、私ね……もう眷族は作らないことにするわ」

「そうか、それがいいかもな」

「でも寂しいから、恋をするの……そしたら、また家族が出来るから」


少しだけ、声が震えていたが楽しそうだった。無理しやがって……


「いや、お前は結婚できないだろ。俺が絶対させません、認めませんよ!」

「ちょっと!なんでアンタの許可がいるのよ、馬鹿ドラゴン!」

「痛っ!お前、確かに荷車引っ張ってるけど馬じゃないからな!痛ッ、ちょ、鞭で叩くな!」

「ふんだ!叩かれたくなければ、進むのです!ハイヤー!」


そのまま俺達は、日が昇る前にイグニスの王都へと向かっていく。

また、振り出しである。




「ヤンヤン……ありがとうね」

「ふん……気にするな」


まぁ、いつの通りの日常だ。

元のメアリと俺の、日常だ。

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