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第35話 感謝状ツアー


 旅館のグランドオープンから数日後、ある晴れた日のことだった。

 俺は、この町で一番偉い人――つまり、町長さんから、役場への呼び出しを受けていた。

 古びた、しかし清潔に保たれた町長室。人の良さそうな初老の町長は、俺の手を両手で握りしめると、涙ながらにこう言った。


「奥谷くん、君のおかげで、この寂れた町に、信じられないほどの人が来てくれるようになった。本当に、本当にありがとう!」


 そう言って、恭しく手渡されたのは、立派な木の額縁に入った「感謝状」だった。

 なんだか、ひどく照れ臭い。俺は、ただ頭を掻くことしかできなかった。

 その帰り道、今度はスマホが鳴った。市の秘書課からの電話だった。


「市長が、ぜひ一度、奥谷様とお会いしたいと……」


 嫌な予感が、脳裏をよぎる。

 市の中心部にある、町役場よりも一回り立派な市役所。そこに通された俺は、やはり、やり手のビジネスマンといった雰囲気の市長から、町長のものより、さらに一回り立派な感謝状を贈られることになった。


 そして翌日。

 旅館の前に、黒塗りの公用車が迎えに来たかと思うと、俺は有無を言わさず、県庁へと連れていかれた。

 知事室で俺を待っていたのは、テレビで何度も見たことのある、エネルギッシュな県知事だった。


「奥谷くん! よく来てくれた!」


 知事は、満面の笑みで俺の手を力強く握りしめる。


「君のおかげで、我が県の経済効果は、この一ヶ月で数十パーセントも上昇した! 君は、福井の救世主だ!」


 最大級の賛辞と共に、これまでで最も豪華な、金の縁取りがされた感謝状を贈られる。

 もはや、ありがたいやら、恥ずかしいやら、よく分からない感情になっていた俺に、知事は、一枚のイラストパネルを見せてきた。

 そこには、可愛らしくデフォルメされた、虹色のスライム――ニジのキャラクターが、愛嬌たっぷりに描かれていた。


「そこで、だ。このニジちゃんを、我が県の公式ゆるキャラとして、デビューさせたいんだが、どうだろうか!」

「は……」


 俺の思考は、完全に停止した。

 神獣であり、最強のペットであるニジが、県の、ゆるキャラ……?

 もう、どうにでもなれ。

 断る気力もなく、俺は、力なく頷いた。


「……もう、勝手にしてくれ……」



 


 「感謝状ツアー」から戻り、くたくたになって居間のソファに沈み込む。テーブルの上には、三枚の感謝状が、やけに誇らしげに並んでいた。

 その時だった。

 居間の隅で、静かにノートパソコンを眺めていた椿さんが、すっと立ち上がった。彼女は、政府との定例連絡を終えたところらしい。

 そして、一切の感情を排した、能面のような顔で、俺に告げた。


「奥谷殿。先程、官邸から連絡がありました」


 その言葉に、俺だけでなく、その場にいた全員の動きが止まる。


「内閣総理大臣が、貴殿と直接会ってお話をしたい、と、おっしゃっています」


 俺の、声にならない絶叫が、静まり返った旅館に響き渡った。


「はああああああ!?」



 ◇

 


 椿さんの説明によれば、総理は、先のケルベローズ検挙への協力、ネオゲート救出の功績、そして国の研究への協力に対し、直接お礼を述べたいのだという。もちろん、感謝状も用意されているらしい。もう、感謝状は、いらない。

 総理は、自ら福井まで来ると言っているらしいが、さすがにそれは、とんでもないことだ。


「いえ、そんな、国のトップにわざわざここまで来てもらうなんて、申し訳なさすぎる。俺が、東京に行きます」


 俺がそう言ってその申し出を固辞すると、俺の東京行きは、あっさりと決定した。

 政府からの連絡役である椿さんが同行するのは、当然として。

 その話を聞きつけた氷室さんが、当然のように言った。


「でしたら、私もご一緒します。ちょうどブリザード日本本部での定例報告会がありますので」


 こうして、俺、椿さん、氷室さんという、奇妙な三人での東京行きが決まった。

 久しぶりの、東京。

 その言葉の響きに、俺の心臓は、期待と、そして、それ以上の不安で、ドキドキと高鳴っていた。

 仕事に全てを捧げ、恋人に全てを尽くし、そして、その全てに裏切られた、あの街。

 良い思い出よりも、辛い記憶の方が、圧倒的に多い場所。

 俺の、新たな旅が、始まろうとしていた。


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