第33話 活気
旅館の本格的な再始動を数日後に控え、俺は、一つの提案を仲間たちにしていた。
「グランドオープンする前に、まずは町の人たちを招待したいんだ。これまで、ケルベローズの件や、その後の警察、マスコミのことで、たくさん迷惑をかけてしまったから。そのお詫びと、これまでの感謝を、ちゃんと伝えたくて」
俺のその言葉に、小町ちゃんが「お兄ちゃん、ええこと言う!」と、満面の笑みで賛成してくれた。
郁美さんも、「地域社会との良好な関係構築は、聖域の防衛においても極めて重要な要素だ。合理的な判断だな」と、彼女らしい理屈で同意してくれる。
意外だったのは、白石さんだった。彼は、俺の提案を聞くと、楽しそうに目を細めた。
「素晴らしい。我々も、ぜひ参加させてほしい。君の故郷が、どんな場所なのか、この目で見ておきたいからね」
こうして、奥谷旅館の再生を祝う、内々のお披露目会が開かれることになった。
最高の料理と酒で、地元の人々をもてなすため、俺たちは、久しぶりに旅館の主人と仲居としての仕事に、心を込めて奔走した。
◇
当日。旅館の大広間は、人の熱気と笑い声で、まるで生き返ったかのように満ち溢れていた。
親戚一同、敦や、少しはにかみながら来てくれた畑中さん、そして、なぜか商売人の顔つきになった菅原くんといった同級生たち。近所のおじいちゃん、おばあちゃん。皆が、生まれ変わった旅館の姿に、感嘆の声を上げ、持ち寄った酒や肴を広げて、底抜けに騒いでいる。
その、あまりにも濃密で、遠慮のない田舎のコミュニティの空気に、二人の都会人は、完全に圧倒されていた。
「氷室殿、まあ一杯」「椿様は、お美しいのぉ」
酔っぱらった親戚のおじさんたちに囲まれ、次々と酒を注がれている氷室さんと椿さん。その怜悧な仮面は、もはや維持するのも困難なようで、その表情は引きつっている。
対照的に、白石さんは、このカオスな空間に、驚くほどすんなりと馴染んでいた。
彼は、いつの間にか親戚のおじさんたちの輪の中心に座り、肩を組んで地酒を酌み交わし、「いやあ、やはり日本海で獲れたブリは格別ですな!」などと、農業や漁業の話で楽しそうに盛り上がっている。その、驚くべき順応性の高さに、俺はただただ舌を巻くばかりだった。
俺は、旧友である敦の元へ向かった。すると、彼の服装が、以前会った時よりも、明らかに上等なものになっていることに気づく。腕には、見慣れない、しかし高級そうな腕時計が光っていた。
「なんか最近、羽振りよさそうやなぁ、敦。なんかええことでもあったんか?」
俺がそう尋ねると、敦は、にっと歯を見せて笑った。
「あったりめえよ。……お前のおかげやで、俊」
「は? 俺の?」
敦の話によると、彼は、実家の、今は使っていなかった空き店舗を、コンビニに改装したらしい。
そして、奥谷旅館の噂を聞きつけてやってきた野次馬や、調査に来たブリザードの設営部隊、政府関係者たちが、そのコンビニをひっきりなしに利用するため、ここ数週間で、信じられないほどの利益が上がっているというのだ。
「お前なぁ……。意外としたたかやな」
「うるせえ。商売は、好機を逃さんのが鉄則やろ」
俺は、呆れつつも、友の成功を素直に嬉しく思った。
そして、それは敦だけにとどまらなかった。
同級生の菅原くんは、「俺も、お前の旅館の近くに、土産物屋を開いたんや。ニジちゃんのキーホルダー、めっちゃ売れとるで!」と、自作(無許可)のグッズを見せて笑う。農家の同級生は、「うちの野菜も、あんたんとこに来とるブリザードの人たちが、ごっそり買うてってくれるんや。ありがてえこっちゃ」と、顔をほころばせた。
奥谷旅館の存在は、町に迷惑をかけるどころか、人々がそれに便乗し、商売を始め、町全体が活気づく、最高のきっかけになっていたのだ。その事実に、俺は、心の底から安堵していた。




