第30話 政府最強部隊
ブリザードとの共同調査から数日後。旅館の静寂は、再び一人のとある提案によって破られた。
政府からの監視役、椿茨棘。彼女は、一切の感情を排した能面のような顔で、一枚の公式要請書を、俺たちの前に差し出した。
「先日、ブリザードより提供されたデータを元に、政府は当ダンジョンの危険度と価値を再評価しました。つきましては、国家の安全保障のため、政府直属の特殊部隊による、さらなる深層調査を許可願いたい」
それは、もはや「お願い」ではなく、拒否権のない「命令」に近い響きを持っていた。
同席していた白石さんが、その書類に記された部隊名を見て、目を細める。
「――ネオゲート。……政府も、いよいよ奥の手を出してきたか」
郁美さんの説明によれば、ネオゲートは、探索者の中でも特に戦闘に特化した、人間離れした能力を持つ者たちで構成された、政府最強の部隊。その存在は、ギルドの間でも半ば都市伝説として語られているという。
俺は、その要請を断ることもできず、静かに頷いた。
翌日。旅館の前には、自衛隊のものと思われる、無骨な特殊車両が何台も並んでいた。
そして、その中から現れた三人の男女。彼らが、ネオゲートのメンバーだった。
リーダーらしき男、根尾鯨。その瞳は、深海魚のように、一切の光を反射しない。
紅一点の女、霜月花火。人形のように美しいが、その表情は完璧な無。
そして、岩のような筋肉を持つ巨漢、涯堂寺凱。
三人は、俺たちに挨拶もせず、ただ機械のように任務内容を確認すると、すぐさまダンジョンへと向かっていった。その非人間的な冷徹な目は、まるで戦うためだけに作られた、殺し屋のようだった。
◇
俺たちは、居間で、ネオゲートのボディカメラが映し出すリアルタイムの映像を、ブリザードの面々と共に見守っていた。
そこに映し出されていたのは、まさに「蹂躙」だった。
彼らの戦い方は、ブリザードの連携とも、俺の規格外のパワーとも違う。冷徹で、効率的で、そして無慈悲な、完璧な殲滅戦。
涯堂寺が、全ての攻撃をその肉体で受け止めながら、巨大な戦斧で敵を薙ぎ払う。霜月が、広範囲を焼き尽くす爆撃スキルで、モンスターの群れを蒸発させる。そして、その二人が作った道を、リーダーの根尾が、ただの一撃でボスの核を貫く。
彼らは、ブリザードが満身創痍で到達した29階層を、息一つ乱さずに突破。そのまま、30階、31階……と、圧倒的な強さで、未知の階層を次々とクリアしていく。
その光景に、白石さんや岩尾さんですら、驚愕の表情を隠せない。
「これが、ネオゲート……。我が国の、最強戦力か……」
作戦は、あまりにも順調に進んでいた。
34階層をクリアし、誰もがこのまま深層まで到達するのではないか、と思った、その時だった。
35階層に足を踏み入れた瞬間、モニターに映る現地の空気が一変する。
そこは、まるで古代の神殿のような、荘厳で、しかし不気味な静寂に満ちた場所だった。
神殿の最奥にある、巨大な玉座から、一体のモンスターが、ゆっくりと立ち上がる。
それは、これまでのモンスターとは明らかに「格」が違う、巨大な角と、蝙蝠のような翼を持つ、威厳に満ちた人型の悪魔だった。
そして、その悪魔は、初めて、はっきりとした知性を持つ言葉を発した。
「――我が名は【ディアブロ】。人の子が、よくぞここまでたどり着いた。褒美として、絶望の死を与えてやろう」
戦闘が開始されるが、それはもはや、戦いと呼べるものではなかった。
ネオゲートの完璧な攻撃は、ディアブロの身体に触れることすらできない。逆に、ディアブロが、まるで戯れのように指を振るうたび、その指先から放たれる漆黒の魔法が、後方の自衛隊員たちを一瞬で薙ぎ払い、多くの命を奪っていく。
涯堂寺の鋼の肉体は、いとも簡単に砕かれ、霜月の広範囲スキルは、闇にかき消される。リーダーである根尾の必殺の一撃すら、ディアブロは、たった二本の指で、つまんで止めてしまった。
政府最強の部隊が、初めて「死」を意識し、絶望的な窮地に立たされる。
モニターの映像は、断末魔の悲鳴と、激しいノイズに満ちていた。
◇
地獄のような映像が映し出される居間で、俺は、静かに立ち上がった。
「……行きます」
その一言に、白石さんが、血相を変えて俺を止める。
「待て、奥谷殿! さすがに危険すぎる! あのネオゲートですら、歯が立たない相手なんだぞ。君一人で行って、どうにかなる相手じゃない!」
「……」
俺は、何も答えず、ただ自分の両手を見つめた。
そして、顔を上げる。その瞳には、もはや一切の迷いはなかった。
「俺の庭で、人が死ぬのは見たくない。それに……助けられるかもしれないなら、行かないと、後悔する」
その覚悟を見た白石さんは、一瞬、歯ぎしりしたが、すぐに、その顔に不敵な笑みを浮かべた。
「……わかった。だが、単独では行かせん! 我々ブリザードも同行する! これは、我々と聖域との、共同防衛任務だ!」
こうして、政府最強部隊ネオゲートを救出するため、俺とブリザードによる、前代未聞の救出作戦が開始される。
世界の運命を左右する戦いの火蓋が、今、切って落とされた。




