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第29話 公式調査


 ブリザードとの同盟締結から数日後。奥谷旅館の居間は、さながら作戦司令室のような、静かな熱気に満ちていた。

 白石さん、氷室さん、岩尾さんの三人が、俺たちに向かって深々と頭を下げる。


「奥谷殿。我々ブリザードに、この聖域の、初の公式調査をお許しいただきたい」


 白石さんのその言葉は、もはや単なる依頼ではなかった。同盟を結んだ対等なパートナーに対する、敬意のこもった申請だ。

 作戦計画は、郁美さんと氷室さんによって、すでに完璧に練り上げられていた。

 まず、白石、氷室、岩尾の三名からなる先遣隊が、行けるところまでダンジョンの階層を攻略し、戦闘データと環境データを収集する。その後を、ブリザードが誇る技術・設営班からなる別働隊が追随。

 彼らは、攻略した階層に、探索者の安全を確保するための光源(魔光石)や、緊急離脱用の転移ポイント、休憩可能なセーフティエリアなどを設置していく。それは、この未踏のダンジョンを、将来的に安全な資源として活用するための、地道で、しかし極めて重要な「整備」作業だった。

 こうして、ダンジョンを初めて攻略するギルドが、ダンジョンを整備するというのは、この世界では当たり前の慣習になっている。

 正直、俺一人じゃどうしようもなかったし、整備をやってくれるのはありがたい。


「我々は、居間で映像を監視します。何か異常があれば、すぐに連絡を」

「承知した。では、行こうか」


 白石さんの合図で、ブリザードの面々が、配信用のカメラドローンと共に、ダンジョンの闇へと吸い込まれていった。

 俺と小町、そして郁美は、彼らから提供されたリアルタイムの映像が映し出されるモニターを、固唾をのんで見守っていた。



 


 彼らの戦いは、芸術的ですらあった。

 俺が、クワ一本で、あるいは素手で、がむしゃらに戦っていたのとは、何もかもが違う。

 一階層から十階層。三人は完璧な連携で、しかし常に周囲への警戒を怠らず、慎重に、そして的確に処理していく。


「このスライム、運動エネルギーへの耐性が、報告されているランクより明らかに高いな……」

「ゴブリンの連携も、まるで小隊規模の軍隊だ。知性が高すぎる」


 彼らの分析が、このダンジョンの異常性を、客観的なデータとして裏付けていく。

 十一階層を過ぎたあたりから、ダンジョンの様相は一変した。足場が不安定な断崖絶壁、視界を奪う毒の霧が立ち込める森。モンスターも、A級探索者がパーティを組んでようやく倒せるレベルのものが、平然と群れで出現し始めた。

 しかし、彼らは止まらない。


「【イージスウォール】!」


 岩尾さんの前に、光り輝く大盾が出現し、敵のブレス攻撃を完璧に防ぎきる。その巨体は、まさに動く要塞だ。


「敵の詠唱を確認! 【サイレントフィールド】!」


 氷室さんの冷静な声と共に、敵の魔法使いの周囲の音が消え、その魔法は不発に終わる。彼女の役割は、戦場そのものを支配すること。

 そして、その一瞬の隙を、白石さんが見逃さない。


「――終わりだ」


 彼の優美な剣が、銀色の閃光となって走り、モンスターの急所を、寸分たがわず貫いた。

 だが、二十階層を越える頃には、彼らの消耗も激しくなっていく。岩尾さんの盾にはヒビが入り、氷室さんの魔力も尽きかけ、白石さんの剣も、刃こぼれが目立ち始めていた。


 そして、二十九階層。

 三人は、その階層のボスと思われる、巨大なクリスタルゴーレムと対峙していた。

 数十分にも及ぶ死闘の末、ゴーレムは凄まじい音を立てて崩れ落ちた。しかし、ブリザードの三人もまた、満身創痍だった。


「……ここまで、だな」


 白石さんは、肩で息をしながら、悔しそうに呟いた。


「くそっ……。俺の『イージスの盾』が、三十階層にも満たずに砕かれるとはな……」

「全てのモンスターの行動パターンが、既存のデータと一致しない……。ここは、我々の知るダンジョンとは、根本的に法則が違う……」

「渋谷のSS級ダンジョン『青龍』の最深五百階層ですら、これほどのプレッシャーはなかったぞ……」


 白石さんは、ダンジョンの天井の、そのさらに上にあるであろう、俺たちのいる旅館を見上げ、畏怖と、賞賛が入り混じった声で、ぽつりと呟いた。


「このダンジョンの底は、一体どうなっているんだ……。そして、ここを『庭』と呼ぶあの男は、一体、何者なんだ……まったく……」



 


 地上に戻ってきた三人は、その疲労困憊の様子とは裏腹に、探索者としての興奮に満ちた顔をしていた。

 彼らが持ち帰った戦利品の山を前に、今度は郁美さんが、アドバイザーとしての腕を見せる。


「この魔石は、純度がS級レベル。市場価格で一千万。この鱗は、学会未確認の新種のものだ。……値はつけられんが、研究素材として、三千万」


 彼女が算出した査定額は、再び天文学的な数字になった。白石さんは「妥当な金額だ」と、その全てを言い値で買い取り、即座に送金手続きを済ませる。

 そして、氷室さんが、俺に一つの提案をしてきた。


「今回の調査記録を旅館の公式チャンネルで公開するというのはどうだろう?」

「ええ、どうぞ。いいですね」


 俺が快諾すると、動画は、小町ちゃんと氷室さんの共同編集により、ブリザードの偉業と、ダンジョンの恐ろしさを伝える、最高のエンターテイメント作品として完成した。

 タイトルは、【公式調査】ブリザード精鋭部隊、聖域ダンジョン29階層に到達。

 それは、俺たちの旅館の公式チャンネルに、アップロードされた。

 その動画が、これまでのどの動画をも上回る速度で、瞬く間に世界中を駆け巡り、再び爆発的にバズり始めたことを、俺たちは、まだ知らなかった。

 聖域の平穏は、まだ、遠い。


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