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第22話 同盟


 翌朝、奥谷旅館の食堂に並んだのは、小町ちゃんが腕によりをかけて作った、美しい彩りの和朝食だった。

 つやつやと輝く白いご飯。豆腐とワカメが浮かぶ、湯気の立つ味噌汁。ふっくらと焼き上げられたカレイの一夜干し。しかし、その心のこもった料理を前にしても、食卓の空気は、昨日までの緊張とはまた違う、重く、気まずいものに満ちていた。


 ブリザードの三人は、どこか別人のように静かだった。

 岩尾さんは、借りてきた猫のようにおとなしく、時折庭のニジの社を、何か恐ろしいものでも見るかのように一瞥しては、慌てて視線を逸らしている。氷室さんは、目の下にうっすらと隈を作り、ほとんど食事に手をつけていない。その怜悧な頭脳が、昨夜の出来事をいまだに処理しきれずにいるのが分かった。

 ニジはやたらと氷室さんのことが気に入って、夜中にも部屋にお邪魔してたらしい。

 そして白石さんは、いつもの自信に満ちた笑みを消し、何かを深く考え込むように、静かに窓の外を眺めていた。

 当のニジは、そんな緊張感などどこ吹く風と、縁側で日向ぼっこをしながら、郁美さんが実験用に与えたチタンの小片を、シャリシャリとおいしそうに溶かして食べている。


 その重い沈黙を破ったのは、白石さんだった。

 彼は、ほとんど手をつけていない箸を、ことり、と静かに置く。そして、畳に両手をつくと、俺に向かって、深々と頭を下げた。その場にいた俺たちだけでなく、彼の部下である氷室さんや岩尾さんですら、息をのむのが分かった。


「――奥谷殿。昨日は、我々の世界の『常識』というものがいかに矮小で、そして我々がいかに驕り高ぶっていたか、思い知らされた。我々の、完敗だ。本当に、いろいろと重ね重ね、申し訳ありませんでした……」


 その声には、もはや駆け引きの色はなく、純粋な敬意と、底知れない存在に対する畏怖の念が込められていた。

 彼は、最初の高圧的な態度、そして部下の無礼を、ギルドのトップとして正式に謝罪した。


「いやいや、そんな……頭を上げてください。そっちにも、いろいろとトップギルドとしての事情とか、あると思うので……」

「いや、我々は完全に間違っていたよ。本当に恥ずかしい。申し訳ない……」

「それより、他に話があるんでしょう? 謝罪は受け入れます。ですから、次は今後の話をしましょう」

「ああ、ありがとう……。君は本当に優しいのだな……。もちろん、こちらもいろいろと考えてきてはいる。では……あらためて……」


 白石さんは顔を上げると、真剣な目で俺を見据えた。


「我々が先日提示した『協力案』などという、上から目線の戯言は、全て撤回させていただきたい。奥谷殿。我々は、君に『協力』を要請しに来たのではない。今日、この場ではっきりと申し上げる。我々は、君の『聖域』と、我々『ブリザード』との、対等な『同盟』を結びに来た」

「同盟……?」

「ああ」


 白石さんは、その壮大な提案の内容を、一つ一つ、丁寧に語り始めた。

 

 一つ、ブリザードは、奥谷旅館とそのダンジョンを、ギルドの干渉を受けない独立した「聖域」として公式に認め、その主権を尊重する。そして、ギルドの持つ世界的影響力を使い、他の組織や国家からのいかなる干渉も、武力行使も含めて、全力で阻止する。

 

 一つ、見返りとして、郁美さんと氷室さんを中心とした共同研究チームを発足させ、聖域ダンジョンへの、厳格な管理下での学術調査を許可してほしい。もちろん、そこで得られたデータや素材は、全て両者で共有する。

 もちろんその際の素材は随時、適正な値段で買い取ることも約束する。

 そして最後に、彼は言った。


「これは、一方的な契約ではない。一つの勢力が、もう一つの勢力と結ぶ、対等な盟約だ。我々は、君たちのことを、そしてあの不可解なダンジョンを、理解し、学びたい。そして、君たちは、我々の『盾』を必要としているはずだ。君はダンジョンやギルドについても詳しくないだろう。きっともっといろんな連中がこのダンジョンを狙ってくるはずだ。我々はそれからの防衛にも協力する。

 

 まずは契約金として、初めに500億支払う。そこからは年間200億での契約はどうだろうか。ダンジョンの入場料を考えても、悪くない金額なはずだ。そしてこれはあくまでダンジョンの利用料。素材は別途適正な価格で買い取らせてもらう」


 あまりにも壮大すぎる提案に、俺は言葉を失う。 

 判断を求めるように、小町ちゃんと郁美さんに視線を送る。小町ちゃんは、ただゴクリと喉を鳴らすだけ。しかし、郁美さんは、その提案のメリットとデメリットを高速で分析し終えたのだろう。静かに、しかし力強く、一度だけ頷いた。

 俺の脳裏に、祖父の笑顔と、母の涙、そして、この旅館で穏やかに過ごしてくれた田中さん一家の顔が浮かんでいた。俺が守りたいものは、なんだ?


「……あなたの提案、お受けします」


 俺は、白石さんに向き直り、はっきりと告げた。


「ただし、条件が一つだけあります。俺は世界の覇権にも、ギルド間の争いにも興味はない。俺の仕事は、この旅館の主人として、客をもてなすことです。この旅館の平穏を、何よりも優先すると約束してくれるなら」


 その言葉に、白石さんの顔に、初めて心からの、そしてどこか安堵したような笑みが浮かんだ。


「約束しよう。我々は、君の『聖域』の、最初の客であり、そして最強の『門番』であり続けよう」

「はい。ありがとうございます。それと……お、お金は……いりません。俺はこの旅館を守れるなら、それで……」

「いや、それはそういうわけにもいかない。ダンジョンへの入場料や素材の価格には相場ってものがあるからな。それを我々だけがタダでというのは、相場の破壊にもつながる。それに、お互い信用のもとで動くにしても、金銭が発生したほうが、そこにきちんとした責任というものも生まれる。トラブル回避のためにも、これは受け取ってもらうよ」


 白石の言うことももっともだと思った。

 俺はもう一度頷く。


「確かに……それもそうですね……」

「では、そういうことで」

 

 彼が差し出した手を、俺は固く握り返した。

 対等なパートナーとして、新たな関係が結ばれた、その瞬間だった。


 ピコン!


 郁美さんが監視していたノートパソコンから、けたたましい警告音が鳴り響いた。


「……まずいな」


 郁美さんが、忌々しげに呟く。

 画面には、探索者ギルド協会から発信された、緊急ニュース速報が映し出されていた。


『【緊急速報】福井県XY市のS級指定区域に、所属不明の武装探索者集団が侵入。その数、およそ30名。海外の非合法ギルドの可能性――』


 結ばれたばかりの同盟が、そして宿の主人の決意が、早速、試されようとしていた。


 

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