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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
終章

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それぞれの結末は

『……っあなたが私の親だったことなどありますか。ついひと月ほど前に、あなたから「お前は清須川の娘ではない」と言われたばかりですが』

『それでもお前は私の本当の娘だ。ここまで誰の金で大きくなった。誰が女学校まで通わせてやった。一乗に嫁がせてやったのは誰だ!』

『――っ』


 行かせないとばかりに、父の手が足首を締め付けた。足を引っ張っても、力が強く逃れることができない。

 魑魅魍魎だ。魑魅魍魎が縛り付けようとしている。


 また、邪魔をされるのか。

 まだ、不自由でいなければならないのか。


『失礼』


 千代の足元にしゃがみ込んだ雪人が、父の手首を握りしめた。父は顔を苦痛に歪め、足から手を離した。その隙に、父の手が届かない位置まで遠ざかる。


『父親だからといって、私の愛しい人を傷つけるのは看過できません』


 雪人はそれ以上は言わず、千代の元へと戻ると自分の背に隠した。父は痛そうに手首を押さえ、唇を噛んで睨み付けてきた。


『私が生きて来られたのは、母が密かに工面してくれたからです』


 母が自由にできた金など少なかっただろう。

 母が着ていた着物の柄をよく覚えている。

 よく見ていたからだ。茜は覚えきれないくらい、色々な着物を持っていたというのに。


『私が女学校に通い続けられたのは、先生方が助けてくれたからです……っ』


 学用品を母に買ってくれと言えなかった。

 制服の着物は、何度ほつれを縫い直したか。

 茜は華族令嬢が多く通うような、制服の一枚一枚が高い女学校に通っていたのに。


『私が一乗家に嫁いだのは……』


 病気の老人の世話要員として、後妻に入れという見合い話だった。

 茜に婚約者を奪われ、いわれのない噂話を違うと言っても信じてもらえず、厄介払いのような結婚だった。

 だが――。


『――っ私が一乗家に嫁いだのは私の意思です……っ!』


 自分で選んだ。

 結婚も。

 雪人を愛することも。

 過去と決別することも。


『私は一乗千代です』


 家族は、一乗家で待ってくれているあの者達だけだ。


『さようなら』


 お父様、とは言わなかった。

 背を向け歩き出す千代の背中に当てられた雪人の大きな手が、温かく心強かった。



        ◆



「喉の小骨が取れたようにすっきりしました」


 言いながら、千代はぱくりとご飯を口に入れた。

 あの日以降、清須川家とも花街とも関わることもなくなった千代は、父や茜達がどうなったのかわからなかったが、先日善路と雪人がそれぞれ教えてくれた。

 二人とも「聞くか」と確認してくれ、それで千代は聞くことを選んだ。


 二井家との結婚騒動だが、士族の娘と思っていたのが実は娼妓の娘だったなど、さすがに見抜きようがなく、また華族の親族として相応しくないということで、祝言は挙げていたものの無効となったようだ。

 二井子爵や勇一郎は胸をなで下ろしただろうが、あの披露宴で二井家の窮状が広く知れ渡ってしまい、絶賛勇一郎の結婚相手探しは苦戦中らしい。経済状況だけでなく、あの場での二井子爵や勇一郎の振る舞いも褒められたものではなく、それも娘を関わらせたくないと他の華族や士族などに思わせる原因になっているようだ。


 それと、横濱の二井家別邸は売りに出されているらしい。

 この二井家についての現状は、善路が教えてくれた。

 屋敷から出ないのに、どうして自分よりも情報に詳しいのだろうか。しかも、華族の詳しいことなど、街によく出るミツヨ達女中でも、簡単に手に入れることはできないというのに。

 まだまだ義父は謎が多い。


 一方、清須川家については雪人が話してくれた。

 まず、清須川製糸は他の会社に売却されたらしい。良かったと思った。これで社員の人達も救われる。はっきりと傾き続けているとわかる船に乗り続けるのは、さぞ苦しかっただろうと思う。

 父については、一度だけ花街――扇楼に姿を現したようだ。顔はやつれ、色も悪く、しかし目だけはずっと何かを探すようにギラついていたらしい。父はそこで自警団の桑田を呼んでほしいと言い、桑田に朱蝶――茜の母親の行方を聞いていたということだ。桑田がなんと答えたかまでは雪人も知らないようで、ただ、清須川家の屋敷には人けはないとのこと。


 もしかしたら、朱蝶を探しに行ったのかもしれない。

 ただ、足抜けした者が今も無事かどうかは、わからないという。しかし、彼女がどうなっていようと、探している間は父は希望を持ち続けられるのかもしれない。

 希望の先に絶望があったとしても。


 そして、茜だが……。

 自警団による折檻を受けたらしい。その詳細については、雪人は顔をしかめて言葉を濁し「千代は知らなくていい」とだけ言った。こちらも茜のその後を詳しく知りたいとも思わなかったから、素直に頷いた。

 その後は、茜は官警に引き渡されたようだ。

 やはり、銀行副頭取や華族への脅迫が問題となっているらしい。おそらく司法で何らかの罰がくだされるだろう。雪人曰く、懲役刑か罰金刑だろうが、罰金など払えない茜は懲役刑で刑務所に入れられるだろうという話だった。



 

 これで、本当にもう邪魔をする者達はいなくなった。

 おかげで、今は平和で穏やかな日々を過ごせている。

 ミツヨと善路が、夕食の献立について何が食べたいかと話している。

 桂子とナリは、商店街に新しい店ができたとか、流行りの着物の柄についてとかを楽しそうに話している。


 そうだ、ナリといえば紗江子だ。

 清須川家の女中だった紗江子は、ツルヱの居場所を手紙で教えてくれたすぐ後に、女中をやめていたようだ。今は、別の家の女中として働いており、この間ナリが商店街で見かけたと言っていた。

 ナリが何か言いたそうにしていたから、こちらから「今度は挨拶しなきゃね」と言っておいた。きっとナリは自分に気をつかって、紗江子と仲直りできなかったのだろう。だから、紗江子のおかげで解決できたことを教えれば、ナリは「じゃあ、今度あたしからもお礼を言わなきゃですね」と、少しソワソワしていた。


「私、一乗家に嫁入りできて幸せです」


 善路が「そうか」と微笑みながら秋刀魚を口にし、ミツヨは「私も奥様が来てくださって幸せです」と茶を注いでくれ、桂子が「ずっとこの家に仕えたいです」と頬についていたご飯粒を取ってくれた。恥ずかしい。


「奥様って、よくそんなこっぱずかしいことを平気で言えますね」

「幸せなものは幸せなんだもの」


 なぜかナリのほうが照れくさそうに目を重たくしていたのだが、千代がそう返せば「まったく」と楽しそうに笑っていた。

 




 昼食を終えたら、しばらくは自由時間だ。

 といっても、ずっと自由ではあるのだが。

 この時間は、東郷屋伯爵に返事を書いたり、レオンにオススメの洋書を尋ねる手紙を書いたり、本を読んだり、時には善路に呼び出され、本の感想を求められたりと、なんだかんだで楽しくも忙しく過ごしている。


次で最終話です

面白かった、お疲れ様と思ってくださったら

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