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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
終章

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90/92

あの後……

 二井家と清須川家の祝言から、早ひと月が経った。


 近頃は、女中の三人と千代そして善路の五人で、一緒に昼食をとっている。

 一般的に、女中と家の者が一緒に食卓を囲むことはないのだが、善路の体調も良くなり、洋館まで来る機会も増えたため、千代が提案したのだ。


 千代は元より、ひとりで食堂で食べるのも味気ないと、女中が食事をする場所――台所脇に置かれた食卓で一緒に食べていた。しかし、さすがに善路も女中の食卓で食事させることはできかねたため、それなら全員食堂でという流れになったのだ。


 以前、善路はミツヨしか近づけないという話だったが、今は他の二人とも普通に言葉を交わしている。

 チラッと善路が言っていたが、やはり病気になっていた時は、少し心が荒んでいたらしい。快方に向かうにつれ、洋館に出て来る時間も増えたし会話も増えた。


「はじめて、食堂のテーブルが大きくて良かったと思いました」


 長方形の八人掛けのテーブルは、使っても端の二席を千代と雪人だけで使うことしかなく、常々半分以上もったいないなと思っていた。

 それが今は昼食時には五席が埋まり、夕食時には三もしくは六席が埋まる。

 清須川の女中は常に別だったし、何より千代は離れでひとりで食べていたため、大人数で食べるのが楽しかった。


「大旦那様、一緒に食べさせていただいてるあたしが言うのもなんですけど、よく許可なさいましたね」


 ナリさんの口から、たくあんを噛むポリポリとした良い音が聞こえる。


「千代さんだからなあ。駄目といったところで諦める娘ではないし。きっと、その内勝手に食堂に配膳されるようになっていただろうな」


「ああ……」と女中三人が声を揃えていた。

 その「ああ」は、どういった「ああ」なのだろうか。


「別に私も駄目ということはないしな。昔は、女中などいない生活や皆で食卓を囲むことが当たり前だったのだ。特に抵抗はない」


 善路がズズッと味噌汁をすする。


「それに、全員が揃う時間があると、何かと報告も一度で済むし効率的だ」

「それは確かに。清須川家と二井家の祝言の話を何度もするのは、疲れたでしょうから」


 桂子が、きゅうりのぬか漬けに鰹節をパラパラとかけながら、トホホとばかりの苦笑をもらした。


「最後までお疲れ様でした、奥様」


 ミツヨがしみじみとした声で労いの言葉を掛ければ、他の者達もうんうんと深く頷いていた。

 実は、茜が自警団に連れて行かれた後、さらりと終われたわけではなかった。



        ◆


 

 ゾロゾロと自警団一行が会場から去った後、しばらく誰も何も喋らない無音の時間が続いていた。

 会場の外にもホテルの従業員がいたが、呆然として桑田達を見送っていただけだった。

 誰もが、どうしたらいいのか隣や向かいの者の顔色を探る中、最初にその空気を破ったのは近衛侯爵だった。


『さて、すっきりしたし、私は帰らせてもらおうかな』


 彼は席を立つと、疲れたとばかりに両腕を上に伸ばした。先ほどまでの乱事など、まるでなかったかのような清々しい声だ。

 続いて、隣に座っていた東郷屋伯爵も立ち上がった。


『では、近衛侯爵が帰られるのなら私も。せっかくですから、飲み直しいたしませんか』

『おおっ、それは名案だ』


 二人は、崩れた石像のように床で固まっている三人の横を、さらりと通り過ぎていく。二人の会話はもうおすすめの店や美味い酒の話になっており、今までのことは脳内からすっかり消え去っているようだった。

 すると、会場を出ようとした近衛侯爵が足を止め、『ああ、そうだ』と思い出したようにこちらを振り向いた。


『君たち夫婦は何も気にしなくていいからな。すべては二井家と清須川家の問題だ』

『そうそう、二人は一乗家なんだからな』


 同じく足を止めた東郷屋伯爵も声を飛ばしてくる。

 千代と雪人は『ありがとうございます』と謝辞と共に腰を折った。


『おっ、そうだ。レオン先生にも報告しておくか』

『それはいいですな。きっとレオンは「えー! 僕も見たかったです」とか言って悔しがるでしょうし、楽しみですな』

『伯爵、先生のものまねが上手いな。あっ、土井侯爵は今度うちへ来なさい』


 ワハハと、二人は肩をたたき合いながら会場を後にした。

 愉快な笑い声が段々と小さくなり、廊下の奥へと消えていく。なんとも陽気な嵐だ。

 すると、それを皮切りにして次々と席を立つ者が出て、ぞろぞろと皆会場を出て行く。背中を丸めた土井侯爵も、人波にまぎれて出て行っていた。

 残ったのは二井家の親族、そして卓の足元で項垂れた三人と千代達のみ。

 誰もいなくなった高砂席に一際美しく生けられた花が、一段と虚しさを強調させていた。


『行こう、千代』

『はい』


 千代の腰に雪人が手を添え、共に出口へと向かう。


『ち、千代……』


 その背に、力ない声が掛けられた。

 肩口から顔を向ければ、顔を引きつらせながらも、へらっとこちらに笑いかける勇一郎の姿があった。


『た、助けてくれよ。三年も婚約者だった仲じゃないか』


 床に膝をついたまま、見上げてくる姿は憐憫を誘う。

 これが半年前、ふんぞり返って『君のことを一度たりとも愛しいと思ったことはない』などと婚約破棄を突きつけてきた男の姿か。


『茜の夫として清須川家に入り、茜を二井家の親族として受け入れると仰ったじゃないですか。勇一郎様は清須川家の次期当主なのですから、ご自分で対処なされてください』

『じ、実家が困っていたら助けるべきだと思わないのか!? もう僕と君は親族なんだから……い、一乗家から援助してもらっても良いだろう……?』


 呆れ果てた男だ。怒りよりも、恥知らずの限度を超えた言動に嫌悪すら覚える。

 今までどれだけ雪人や一乗家を、平民と言って馬鹿にしてきたのか。それでよく、媚びた顔で金を寄越せと言えるものだ。

 ほとほと彼と結婚しなくて良かったと、心の底から思う。

 きっと経営の才能もないし、人望もないのだろう。彼が清須川製糸を継いでも、経営不振が加速するだけだ。もし、彼と結婚していたら、身体を売ってでも稼いでこいなどと言われていたに違いない。


『茜とは血が繋がっているかもわかりませんし、その夫では、親族というにはあまりに他人でしょう』

『君って奴は……!』


 へらへらしていた勇一郎の顔に、怒りが満ちた。

 しかし、雪人がすぐに千代を背に隠し、勇一郎の前に立ちはだかる。


『「国民の中の貴種」として国民の模範となるべき華族様が、平民風情に頼ってはいけませんよ』


 口調は丁寧だが、床に膝をつく勇一郎を見下ろす目は、疎ましいものを見るような目だった。見下ろすというよりも見下すといった視線だ。


『それに、私も勇一郎様のことを、一度たりとも愛しいと思ったことなどありませんので、助けたいと思う情すらわかないんです』


 これ以上話すことはないと、千代は勇一郎から視線を切り、再び扉へと向かおうとした。


『――ッん!』


 のだが、今度は足が動かなくなってしまった。

 比喩ではなく、本当に足が動かなくなったのだ。


『……親を捨てるか……千代』


 千代の足を、父が掴んでいた。

 床から睨み上げてくる目は血走り、顔には暗い影が落ちている。





あと二話で完結

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