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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第一章 間違った結婚

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9/65

違和感

 そこで紹介されたのが、横濱の紡績業では大きな会社を営む清須川家だった。士族の家柄だし、平民の自分など相手にされないだろうと思っていたら、まさか承諾の手紙が届いた。

 そして、手紙に書いてあった将来の妻の名前を見てさらに、まさかと驚いた。


『千代』――それは、五年前のあの日から、ずっと雪人の心に刻まれていた名前。


 しかし、世の中そんなにうまくいくはずがないと、ただの同名だろうと雪人はすぐに期待を打ち消した。


 それから、相手のことについて忠臣に調査させた。

 父の知り合いの紹介だというから、そこまで変な娘ではあるまいと思っていたのだが、千代は親の目を盗んで夜遊びに興じているということがわかった。若い男達の間では、『男をもてあそぶ悪女』として噂されているということも。


 忠臣には、この結婚は駄目だと反対されたのだが、どうせ自分は『彼女』以外を愛せる気もしないし、父から引き継いだ会社が忙しく構ってやれないのだから、好きにやってくれるほうが都合がよかった。むしろ、新婚だからと無駄に構われても困る。どうせ形だけの結婚のだからちょうどいいと受けたのだ。もし、仕事に悪影響がでそうなら、噂の件を引き合いに出して離婚すればいい……そう思っていたのに。


「もう運命だろ」


 彼女と視線が交わった瞬間が、今も忘れられない。

 くるっとした愛らしい丸い瞳で、自分を見ていた。彼女の瞳に自分が映っている、それだけで心が震えた。それに、彼女が自分の名前を呼んだ。控えめな声で呼ばれた時、喜びに息が喉に詰まってむせてしまった。今思い出しても、胸が甘く絞られる。

 つい緩みそうになる口元を手で押さえ、平然を保つ。


「はぁ……悪女に運命感じられても、部下としては困るんですけど」


 途端、雪人の目つきが鋭くなる。


「それについてだが……(おみ)、悪いがもう一度噂を調べてみてくれ」

「なんでですか?」

「彼女は、あんな噂が立つようなことをする人じゃない。同名の別人ということもある」

「横濱の清須川のご令嬢でチヨなんて名前の娘は、ひとりだと思いますけどね」


 先ほどから黙っている実富だが、おそらく千代の噂については、こちらとは別口で調べていたことだろう。とすると父も知っていることになる。下手に父に介入される前に、こちらで解決してしまいたい。


「とにかくだ、今度はもっと詳しく調べてくれ。なんならそのチヨの正体を暴いてくれてもいい」


 単なる他人のそら似故の噂であればいいが……。

 それに、他にも心配事があった。


(あの妹……)


 千代の妹だが、結納の後の食事会で、ずっと姉の結婚を喜ぶようなことを言っていたが、一度も千代と目を合わせていなかった。


 それに、着ていたものにも違和感があった。

 千代の桔梗柄の着物も美しかったが、隣に座る妹のほうが帯飾りも髪飾りも派手だったように思う。自分には兄弟がいないからわからないが、姉が主役の場で、ああも飾り立てるものなのか。


(そして、別れ際に向けられたあの目……)


 上目遣いの甘ったれたまなざし。男の庇護欲をそそるような。自分は同じような目をした女達をよく知っている。彼女達は一乗家の財目当てに、下心をもって近寄ってきた者達だった。


 普通、姉の婚約者にそのような目を向けるだろうか。

 そして、上手く隠していたようだが、端々で滲む千代と妹に対する父親の態度の違い。


「清須川家か……いろいろとありそうだな」




        ◆




 三ヶ月後、月日が経つのは早いもので、嫁入り道具の搬入も三日前に終わらせ、いよいよ一乗家で祝言をあげる日となった。


 やり手だ成金だなんだのと聞いてはいたが、はじめて見る一乗家を前にして、千代は呆気にとられた。


 異国の文化流入口である横濱は洋風建築が多い。外国人居留地や公的建物のほとんどは洋館となり、大通りに門を構える店も半分は洋風になってきていた。それは次第に住宅にも広まり、有産階級の者達の家などは洋風建築を取り入れた造りになっているものが多い。


 例に漏れず、一乗家の屋敷も洋風建築だったのだが、千代ははじめて間近で見る洋館の意匠の細やかさや色柱、アーチ状の玄関など、和風の屋敷とまったく違う世界に目をチカチカさせていた。


 おそらくだが、広いと言われる清須川家と同じくらいか、それ以上の敷地があるように見えた。しかも、平屋の清須川家と違って、二階建ての一乗家は見上げないと屋根が見えず、広いというより大きいという印象だった。


 改めて、一乗は成功者なのだと知る。

 士族だというプライドのある父は洋風のものを毛嫌いしており、それは、茜が女学校の袴にブーツを合わせた流行りの格好をしたいと言っても頷かないほどだ。


 案の定、父は一乗家の屋敷を目にした途端、口角を下げに下げて「成り上がりが」とボソリと吐き捨てるように呟いていた。茜はというと、千代と同じで息をのんで言葉が出ない様子だった。




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