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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第八章 決別

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拒絶

「人の金で挙げる祝言ほど滑稽なものはないな」

「おや、近衛侯爵。さすがにこれには出席されましたな」

「別に出なくとも良かったんだが、まあ……物語の結末は見届けたい質でな」


 千代と雪人は二人に挨拶を交わし、グラスに酌をする。

 一緒に卓には士族家の人が座っていたのだが、東郷屋伯爵が来たあたりからいなくなってしまった。やはり二人とも、醸し出す雰囲気が普通の者と違うのだろう。


 雪人と近衛侯爵は出資者と社長という立場であり、会って話す機会もよくあるそうで、その度に趣味話を通して、今やすっかり打ち解けた仲になっていた。今もすっかり二人で、「あの建物は見たか」「あれはどこが素晴らしい」だのと会話を弾ませていた。

 そうやって、比較的和気あいあいとした時間を過ごしていたところ、待ち望んでいた声が四人の会話に割って入ってきた。


「お姉さま、お義兄さま、楽しまれてますかあ」


 すべての卓を回り終えた茜が、手を振りながらこちらへとやって来る。隣には勇一郎もおり、目が合うと「すごいだろう」とでも言わんばかりに、鼻をツンと上向かせていた。


「お姉さまより、こんな豪華で素敵な祝言をしてごめんなさい。やっぱり、平民との結婚と違って格って必要だと思いますし」

「苦労してるみたいだね、一乗君。そうだ。こんな良い食事はこの先できないだろうから、特別に包ませようか――って、近衛侯爵に東郷屋伯爵!? なぜこちらの席に……!」

「えっ! 侯爵さまに伯爵さま!?」


 チラ、と千代達の向かい側に座る者に気付いた瞬間、二人は目を丸くして、咳払いしていた。

 どうやら今の今まで、侯爵達の姿は目に入っていなかったらしい。

 二人は途端に顔に緊張を走らせ、即座に佇まいを正していた。


「ほ、本日はおいでくださりありがとうございます。とても嬉しいですわ」


 茜は綺麗なしなを作って、二人に酌をする。

 声音まですっかり変わって、流石としか言いようがない。


「そ、それでお二方はなぜこちらの席に。東郷屋伯爵は、以前も舞踏会で千代さんとはお知り合いのご様子でしたが」


 戸惑いを顔に浮かべた勇一郎が、チラチラとこちらを窺いながら尋ねる。


「千代さんが通っていた女学校の先生が、今、私達の子供の家庭教師をやってくれていてね。その縁だよ」


「なるほど」と、なぜか勇一郎はほっとした表情を見せていた。

 もしかしたら、『同じ華族である自分より、なぜ平民や千代とのほうが関係が深そうなんだ』とか思っていたのかもしれない。それで、単なる知り合いの知り合いとわかり、安堵したというところか。


 対して、茜は勇一郎と異なった反応を見せていた。

 パッと顔を輝かせ、人好きのしそうな綺麗な笑みを浮かべる。何も知らない者が見たら、お茶に誘いたくなるくらいには魅力的な笑顔で、さすがと言いたくなる。


「まあっ、お姉さまとお知り合いだったのですね。でしたら、是非、妹の私とも仲良くしていただけると嬉しいですわ」

「イヤだね」


 朗らかな笑顔で、近衛侯爵が間髪容れずに答えた。

 言葉と表情の不一致に、「え」と茜と勇一郎は動きを止めて、固まっていた。

 あまりに自然に拒絶の言葉を吐くものだから、これから彼が何を言うか既にわかっている千代でも、一瞬耳を疑ったくらいだ。


「私は付き合う人間は見極めて選ぶ質でね。義理で人付き合いはしないんだよ」


 さらに近衛侯爵が言葉を続けると、そこでやっと茜と勇一郎の時間が動き出した。二人とも横目を見合わせ、ははと引きつった笑みを交わしている。


「そ……そうなんですね。はじめてお目にかかりますものね。でしたら、私という人間を知っていただくために、これから是非お付き合いさせて――」

「私も色々な者が近付いてくるからわかるがね、あなたの瞳は汚い」


 近衛侯爵は茜に最後まで言わせなかった。

「ドブ底のようだ」と、茜の黒い瞳を覗き込む近衛侯爵の姿に、侯爵本来の真面目さと気難しさを見た。今まで彼の肩書きや資産のみを頼りに近付いてきた者達は、こうやって本質を突くようなことを、無遠慮に叩きつけられてきたのだろう。


「それに、あなたは話したことを他所で言いふらしそうだしな。お付き合いは遠慮するよ」


 まだ周囲は歓談に夢中で、千代達がいる卓だけが異様な空気になっているのに気付いていない。

 ずっと茜の顔に貼り付いていた笑みが、剥がれはじめていた。

 口角はまだ上向いているが、目はもう笑っていない。勇一郎も、なぜ自分の妻がここまで言われているのか理解できない様子で、千代と雪人に視線を送っていた。


「茜、横濱正金銀行の林様って知らないかしら」


 茜の首が回る。そのぎこちなさは、今にも首から油がきれた機械のような音が聞こえてきそうだ。


「さあ? 誰のことだか」

「あなたが潰した一乗汽船への融資決定権を、持っていた人ですよ」


 白を切ろうとする茜に、雪人が逃がさないとばかりに言葉と、刺すような視線をぶつける。


「は? 茜が潰した? い、一乗汽船への融資を……?」


 この場で勇一郎だけが、話しについていけていなかった。

 説明を求めるように、千代と雪人、そして茜を順に見やる。

 しかし、誰も今は勇一郎を相手にしている暇はない。


「お義兄さま、もし仮に私が、その林様という方を知っていたらなんでしょうか。それとお義兄さまの一乗汽船の融資は、関係ありませんよね。単純に会社の信用が足らず融資が下りなかっただけでは? その林様に私のことをご存知か聞かれてみては?」

「それは無理だな。奴は官警に身柄を拘束されておるからな」

「――っな!? ……っ」


 近衛侯爵の言葉に、茜は驚きに思わず声を上げそうになっていた。


「少しつついたら、自分の過去の罪を暴露していたぞ。過去に、銀行の金を横領しておったようだな。その金で花街に通っていたとか……今頃ベラベラ官警に吐いてるだろうさ」


 林は過去に、そのことを扇楼でこぼしていたらしい。それを茜が聞いたか、母親の愚痴から聞いたかは知らないが覚えていて、一乗汽船への融資を取り消さなければ、横領の件をバラすなどと言って脅迫されたという話だった。


「融資を断ってきた他の二行も、林さんが吐いたとカマをかけたら、ペラペラと喋ってましたよ。林さんから圧力を掛けられやむを得ずと。そして、その林さんが、茜さんに脅されて仕方なくと言っていたんですよ」


 近衛侯爵と雪人は、茜に反論する間すら与えなかった。

 茜の顔からは血の気が失せている。


「融資と言えば、他にも不可解な件があったなあ……なあ、千代さん?」


 しかし、追及の手を緩める気はないとばかりに、今度は東郷屋伯爵が会話に加わる。

 そして、話を向けられた千代も、もちろんここで引くつもりはない。


「はい。融資してくださるとお返事をいただいていた方々が、次々に話は無かったことにしてくれと」

「千代さん、その三人を覚えておるか」

「池野侯爵、松川セメント会社の松川宗次社長、日の機械製作所の藤沢太一郎社長でした」


 三人の名を挙げると、近衛侯爵が「ほう」と口をまるめて感嘆の声を漏らした。


「こりゃすごい、そうそうたる御仁達だなあ」


 ここにいる四人は既に事の詳細などすべて把握済みなのだが、詰め将棋のようにひとつひとつ丁寧に経緯を辿っていく。

 それもすべて、茜の逃げ道を塞ぐため。

 おかげで時折わざとらしい相槌が入るもので、笑ってしまいそうになる。


「お三方とは、元を辿れば清須川家の時からの縁でして……皆様とても親切でお優しい方です。しかし、融資の話はなくなり……とある方からお話を聞いたら、断りを入れる前日に、土井侯爵が訪ねてこられていたと」

「そういえば、松川セメントと日の機械製作所は、土井侯爵の融資先じゃなかったかな」


 東郷屋伯爵が呟いた瞬間、近衛侯爵が声を張り上げた。


「土井侯爵!」

「は、はいっ!」


 二卓離れた席に座っていた土井侯爵にまで届くほどの大声は、披露宴の賑やかだった空気を凍らせるには充分だった。

 ガタンッ、と椅子を膝裏で倒して土井侯爵が立ち上がる。


 皆が何事だと、千代達が座る卓へと顔を向ける。

 卓には、新郎新婦と新婦の姉夫婦、そして近衛侯爵と東郷屋伯爵が揃っており、とても歓談しているとはいえない雰囲気に、皆がヒソヒソしはじめる。

 ここでやっと、千代の父も勇一郎の親族側も、何かが起こっていることに気付いた。

「茜、勇一郎君、どうした何かあったのか」と父が早足でやって来るが、近衛侯爵は一瞥もせず土井侯爵との会話を続ける。


「土井侯爵、君は一乗汽船への融資を邪魔したのか?」


 土井侯爵は苦虫を噛みつぶしたように、苦しそうに顔を顰めた。

 再度、近衛侯爵の「土井侯爵」という静かな声が場に落ちれば、土井侯爵は諦めたように、小さく「はい」と言った。


「彼女に脅され、一乗汽船への融資を断らせるようにしてと……申し訳ありません」


 土井侯爵が「彼女」と言って指をさした先に、一斉に全員の顔が向いた。



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― 新着の感想 ―
お待ちしておりましたー!! さて、土井侯爵が大人しく全てを認めるのかどうか……。 早く次が読みたくてたまりません! 次を楽しみにお待ちしております!
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