表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第八章 決別

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/92

茜の中身

「ハッ! 負け惜しみですかぁ、お姉さま? ああ……お義兄さまの会社が大変ですものね。無駄遣いはできないからって、そうやってご自分を慰めてるのね……お可哀想」


 クスクスと嘲弄を向けてくる茜に、「失礼」と雪人が言葉を挟んだ。


「面白いことを言いますね。確かにこれも銘仙だが、使っている糸は高品質の絹紡糸だ。そちらのクズ糸のものとは違いますよ。むしろ千代の着物のほうが高い。それに、この太縞は『(しん)(だち)』と呼ばれる流行りの柄ですが」


「もしや、ご存知ない?」と、雪人は茜の高くなった鼻先を、完膚なきまでに丁寧にたたき折っていた。

 そして、羞恥か怒りかで震える茜をそのままに、雪人は次に勇一郎へと顔を向ける。


「もしかして二井様は、女性へ贈り物をされる時に、相手に似合うかどうかよりも金額の多寡で選んでいるのですか?」

「貴様……っ!」


 カッと、勇一郎が激憤に顔を赤黒くしても、雪人は喋るのを止めなかった。しかも、まるでそれこそ人当たりの良い店員のように、微笑みを保ったままだ。


「身につける物はその人に似合ってこそですよ。それに、価値のわからない者に高価なものを買い与えても、()()()()だ」


 チラッ、と雪人の視線が茜へと一瞬だけ投げられた。

 意味を悟った茜が、口をハクハクさせている。


「ほら……私の妻は、実に清楚で端正な顔立ちと雰囲気ですから、ごちゃごちゃした派手な柄よりも、こういった粋な柄のほうが彼女の美しさが際立つんですよ」


 千代は『思った以上に言うな』と思いながら、雪人の表面だけ穏やかな口撃を黙って聞いていたら、彼に突如肩を抱き寄せられた。


「もし、あなたの婚約者時代に妻が地味だったというのなら、それは、妻の美しさを引き出せなかった二井様のせいかと。女性を輝かせるのも男の器量次第ですからね」

「この、平民風情が……っ」


 雪人は笑っていたが、その笑い声は実に寒々しく聞こえた。

 これほどに好戦的な雪人ははじめて見る気がする。止めようかとも思ったが、前回のこともあるし、色々と彼も勇一郎には思うところがあるのだろう。これくらいは言い返して当たり前だ。

 すると、そこで会話を遮るような、「そうだ!」という茜の大きな声響く。


「来月、やっと勇一郎さまと結婚するんです。招待状は行ってるわよね、お姉さま。そうしたら、清須川家は次期当主である勇一郎さまと妻の私のものだから、お姉さまは二度と戻ってこないでくださいね。やっぱり、夫を誘惑した姉には敷居を跨いでほしくないもの」


 雪人が額に青筋を立てていたが、千代は笑みを絶やさず「わかったわ」と頷いた。


「必ず出席させてもらうわね」

「待ってるわ、お姉さま。あ、でもお金で困ってるのなら無理しないでくださいね」

「お気遣いありがとう、茜。でも、自分のほうを心配したほうが良いと思うわ」


 茜はきっとまだ気付いていない。

 彼女が上手くいったと思っている水面下で、何が動いているのか。

 自分達が今先ほどまでどこを訪ねていたのか、まったく予想すらしていないのだろう。


「なんのことかしら、お姉さまったら」

「仮にもあなたの姉だった私からの、最後の忠告よ。今すべてを自ら明かして謝れば……最悪は免れるかもしれないわ」

「ふふ、やですわぁ、証拠もないのに」


 千代は不思議と、同情心はわかなかった。

 茜は勇一郎の腕を引っ張り、雪人の横をすり抜けていく。

 すれ違いざまに、茜は雪人の腕に自らの腕をするりと蛇のように絡ませた。右手で勇一郎と腕を繋ぎ、左手で雪人と絡む姿は、彼女の欲の深さを表しているように見えた。


「ね、お義兄さま……もう一度、じっくりと考えてくださいね? 私なら、家も会社も助けてあげられますから。祝言の日までは待ってあげますよ」


 彼女はボソリと艶声で言葉を残すとまた、するりと腕を解き、惜しむように指先を雪人の手に絡ませて去って行った。


「……君の妹じゃなければ、地面に転がしていたな」

「本当、すみません」


 雪人は茜と指が絡んだ左手を、忌々しいものでも払うかのように、パッパッと振っていた。

 あれだけ綺麗な妹に迫られているのに、本当に彼はまったく興味がないようだ。

 実はそれが嬉しいと言ったら、性格の悪い女だと思われるだろうか。


「千代、上書きしてくれ」


 当然のごとく差し出された左手を見て、千代は「はいっ」と笑いながら彼の手に指を絡めた。

 きっと彼なら、なんと言っても受け入れてくれるのだろう。だから、このちょっとだけ醜い感情は、自分の中に留めておくことにする。

 彼には可愛い妻と思われていたいから。

 


        ◆


 

 三月中旬――薄紅色の桜の花が霞のように咲き誇る中、茜は無事に女学校を卒業した。


「清須川さんが一番のりね。二井様と幸せになってね」

「披露宴は東京の帝国ホテルなんでしょう? 羨ましいわあ~」

「そうですね、一週間後に」


 羨ましいの大合唱に、茜は心が満たされていくのを感じていた。


「二井子爵も父もせっかくだから豪華にしなさいって……私はあまり大きいのは恥ずかしいからって言ったんですけど、勇一郎さまも是非にと……」


 桜の木の下で、別れの時間まで皆が最後の歓談を楽しんでいた。

 この先はどうするのだとか、東京に戻るのかだとか、将来の話にも花を咲かせる。その中で、卒業後時を置かずして祝言を挙げる茜に、話題が向くのは当然だった。

 皆が「はぁ~」と羨望に満ちたため息を漏らす。


「愛されてるわよねえ、あ~あたしもそんな殿方に出会いたいわ」

「それに清須川製糸のご令嬢ですもの。やっぱり財力が違うのよ」

「やだっ、長戸さんったらお下品ね」

「この間の婚約舞踏会で二井様を見たけど、格好いい方だったわよね。羨ましいわ」


 茜は「いえ、そんな」と口では謙遜しつつ、内心では『当然でしょ』と嘆息していた。

 もし、顔が不細工であれば、わざわざ姉から奪ったりしない。

 その場合はどうしていただろうか。


 千代と旦那は清須川家に住むだろうから、千代を女中代わりにして、旦那はちょっと誑かして、好きな時に金を引っ張り出せる財布にしていたと思う。それで、たっぷりと金を吸い尽くしたら、どこぞの華族令息か実業家を捕まえて出て行っていたのだろう。今思うと、それも悪くなかったかもしれない。

 自分のこの美貌と男あしらいの上手さがあれば、簡単にできるだろうし。


「ねえ、清須川さ~ん、二井様のご友人を紹介してちょうだいな」


 ただ、やはり勇一郎を千代に渡すのは癪だったから、これで良かったのだ。


「あっ、紹介って言ったら、わたくしはあの方も紹介してほしいわ! 清須川さんのお姉さんの……」


 そこまで言って、皆が「ああっ!」と喜声を揃えた。


「旦那様よね。すっごく格好よかったわよね!」

「そうそう! 背がスラッと高くてお顔も凜々しくて、おじさま達と話してる姿見まして!? 笑顔が素敵で」


 ほう、と皆が夢見心地の熱い吐息を漏らす。


「それに、お姉さんも優しそうな方だったわね。以前、お姉さんのほうが嫁ぐって聞いてたからどんな方かと思ったら、あんな美男子が相手なら、長女だろうと嫁ぐわよねえー」


「ねー」と唱和が入る。


「で、でもお義兄さまは、その……平民で、それに今、会社が上手くいってないようなんです」

「あれだけ格好いいんだったらなんだって良いわよ」

「お金がないなら、わたくし達は実家が援助しますし」

「いいなあ、清須川さんは。清須川製糸の令嬢で、子爵家の次男坊を婿にもらって、お金にも伝手にも困らない上に、お姉さんは優しそうで、お義兄さんまで格好いいし」


「いいなあ」と口を揃えて言われるのを、茜は「そんな」と笑顔で返していた。

 爪が食い込むほど拳を握った手は、袖の中に隠して。



 夕食の席で父親に女学校卒業を祝われたが、茜は空返事で適当に相槌を打って、食事を終えるとさっさと自室へと戻った。


「『いいなあ』……ですって。華族のお嬢さまが、あたしのこと羨ましいんだって――ッアハハハハ、笑っちゃうわね」


 一番上の人間が、一番下の人間を羨ましがるとは、おかしなこともあったものだ。

 清須川茜は士族家の娘で、清須川製糸という横濱では名が通った会社の令嬢である。

 美貌も兼ね備えており、他者から見たら非の打ち所のない人間だ。

 それが、清須川家に来てから八年かけて作り上げた『清須川茜』という人間だった。上流階級とは言えないが、羨ましがられるのも当然と言えるものだった。


 しかし、ひと皮むけば、清須川茜の中身には泥が詰まっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いやぁ、茜の「華族から羨ましがられる」ことについての執着はすごい…。 しかし、お嬢様方が本気で羨ましいと思っているのか?など、わくわくしますねぇ…。
言われてみれば、真に育ちのいい生粋のお嬢様友達が端から見る分には、表向き(というか物語開始直前までの千代自身の自認ですら)仲のいい姉妹だったんだから「あれだけ素敵な姉と素敵な義兄なら華族じゃなくたって…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ