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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第七章 縁をたぐり寄せて

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一乗夫婦の支援者

 レオンが腰を折って笑っていた。


「くくっ……ほら、大丈夫だって言ったでしょ。前々から二人は話が合いそうだなって思ってたんですよ、近衛侯爵」

「てっきり、先生の友人贔屓だと思ってたんだが……」


 近衛侯爵は両掌を上向けて、肩をすくめて見せた。

 西洋風な振る舞いだが実に板についている。


「私を訪ねて開口一番に金の話を出さなかったのは、君がはじめてだよ」


 近衛侯爵はよく磨かれた黒い革靴の踵をコツコツと響かせながら、間にあった応接ソファにどっかと腰を下ろした。


「まさしく、この屋敷はジョサイア・コンドルのデザインだ。異なるものを融合させる精神は、まさに今の日本を象徴しているようで、私は彼の建築が好きなのだよ」

「私も、東京にいた頃は、彼の建築物をよく眺めていました」

「横濱ならば、確か山手教会堂がそうじゃなかったか」

「ええ、コンドルのものです。最高です」


 雪人を見る近衛侯爵の目にはもう、部屋に入ってきた時に向けられたような攻撃的な色はない。むしろ、同志と語らうように、会話が進むたびにどんどんと煌めいていく。


「建築に興味があるのなら工科大学か?」

「いえ、法科大学です。家の役に立ちたくて……ですので、建築は個人の趣味として本を読んだりするくらいで」


 フッと近衛侯爵の口元が柔らいだ。


「興味がわいた。君の用件を聞こう、一乗君」


 雪人の背中を東郷屋伯爵が無言で叩き、肩をレオンが「やったね」と叩く。

 どうやら、第一段階は突破できたようだ。

 千代はほっと、ここ最近で一番の安堵の息を吐いた。




 近衛侯爵の隣に東郷屋伯爵が座り、向かいのソファには雪人とレオン、そして千代が腰掛ける。


「なるほど。内定していた銀行融資が突然取り消しに……しかも他の銀行にも断られたと」

「加えて、華族のいくらかの方が融資の相談を受けると仰ってくださっていたのですが、それもすべてなかったことにと」

「ほう、華族からの申し出があったと。どういった経緯でか聞いても?」


 興味を持ったのか、近衛侯爵の身体が前傾した。

 千代はかつて実家が営んでいた会社の手伝いをしており、そこで関係者に挨拶状を送っていたこと、それが縁で二井子爵の舞踏会で再び縁を結ぶことができたことを説明した。

 すると、話を聞き終えた近衛侯爵はにんまりと深く笑って、雪人へと目を向ける。


「一乗君、良い妻を迎えたな。上っ面の者には他人は厳しいが、本当に心から他者を慈しみ大切に想う者には、皆が手を差し伸べるものだ。そういった者の周りには必ず人が集まり、幸運も集まるものだ。彼女を手放さないようにしなさい」

「もちろん、絶対に手放しません」


 この中で一番大層なことはしていないのに、そこまで褒めてもらえて嬉しかった。加えて、雪人の不意の言葉に、千代は顔を赤くした。

 四方からのニヤニヤとした視線が、身体中に刺さっていたたまれない。向かいから「若いねえ」と聞こえて、千代はソファの端で小さくなった。


「しかし、明らかに一乗汽船への融資を止めたがっている者がいるな……一乗君、事業計画書を。持ってきているんだろう?」


 雪人は「もちろんです」と、近衛侯爵の伸ばした手に持ってきた書類束を渡していた。

 しばらく、紙がめくれる音だけが応接室に響く。

 そうして、次に近衛侯爵が書類から顔を上げた時、彼は『意味がわらない』とばかりに眉を上げて首を横に振った。


「銀行が融資を取り消した理由がわからんな。多少額は大きいが、既に海運業であげている利益と新会社が望める契約数を勘案すれば、むしろ優良案件だ。それにしても、よく一年でここまで会社を大きく……」


 近衛侯爵は突然「ん?」と言葉を切った。


「一乗……? 一乗君、先ほど東京にいた頃と言ったな。東京にある一善通商の前代表が、確か同じ姓だったと記憶しているが、関係はあるのか?」

「一善通商は父が立ち上げた会社です。今は叔父が代表についております」

「なぜ一善通商の名を出さない! あの会社の名を出せば、融資者などもっと簡単に集められただろうに。計画書にすら載っていないぞ」


 大きい会社だなと思ったが、やはり近衛侯爵にここまで言わせる程に、一善通商は影響力の強い会社のようだ。田舎者と下に見てきた相手が、上級華族にすら認められた者と知ったら、父はどんな顔をするだろうか。卒倒しそうだ。

 雪人は膝の間で両手の指を絡めていた。絡んだ指が、忙しなく手の甲を引っ掻いている。視線も近衛侯爵へと向いていたのが、今は手指に落とされている。


「その……しょうもない見栄だとは重々承知してはいるのですが……父の力を借りずに、自分だけの力でやりたいと思いまして……ゆくゆくは一善通商を超えたいと……」


 次の瞬間、近衛侯爵がパンッと手を叩いた。

 その音は祭り花火のように澄んでいて、濁りがなく、晴れやかな音に聞こえた。事実、手を打った近衛侯爵の表情は、晴れやかなものだった。


「東郷屋伯爵、聞いたかね! この若者は実に良いな! 継いだものに胡坐をかかず、さらに超えようと邁進するとは、息子の鏡じゃないか!」

「そうでしょうとも。ここの夫婦は揃って私の贔屓ですから」

「珍しく骨もあるし歯ごたえもある若者だ! そこらの華族のフニャチンお坊ちゃんとは違うぞ。嗚呼っ、こういった若者がどうして華族には出てこんのだ、実に口惜しい!」


(フ、フニャ……)


 なんとなく東郷屋伯爵と親しい理由がわかった。正反対だと思ったが、よく似ている。


「気に入ったよ、一乗君。その青臭さも含めて」


 すっくと立ち上がった近衛侯爵は、右手を雪人に差し出した。

 慌てて雪人も立ち上がり、両手で差し出された近衛侯爵の手を握った。


「融資は私に任せなさい。大丈夫、誰が口を挟もうと、私は口に出したことは守る男だ」

「あ……ありがとうございますっ、近衛侯爵!」

「あと、時々でいいから私の建築談義に付き合ってくれ。息子はまったく興味をもたなくてね」

「光栄です」


 入室した時の様子からは想像もできないほど温かな笑顔を浮かべた近衛侯爵と、雪人は固い握手をしっかりと交わしていた。

 千代も立ち上がって近衛侯爵に礼を述べ、そして、紹介してくれたレオンと東郷屋伯爵にも、何度も頭を下げた。

 彼らは我が事のように、良かったと頷いてくれた。



        ◆



 雪人と千代、そしてレオンが近衛侯爵家を去った後、応接室では「少し話してから帰る」と言って残った東郷屋伯爵が、近衛侯爵の向かい側に座り直していた。


面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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