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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第七章 縁をたぐり寄せて

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近衛侯爵という人

「そうだねえ、やっぱり定番のチョコレートか……ああ、そうだ。最近新しく入れたんだけど、ビスケットってのがあってね。サクサクしていて美味しいんだよ」

「では、それをお願いします」


 一柳は部下を呼ぶと指示を出して、あっという間に綺麗に包装された箱を整えて持たせてくれた。

 その後、雪人と一柳だけで何か話すということで、千代だけ先に一階へと下りた。入り口で雪人を待っている時、社員達がチラチラと「あれが奥さんか」や「一乗さんの顔見たか」と見てきて、少々気恥ずかしくいたたまれなかった。


 そうして、やっと下りてきた雪人の姿にほっとし、一柳には「千代さん、雪人君をよろしく頼むね。彼、働き過ぎるきらいがあって、無茶しないように止めてやってね」と言われ、千代は苦笑しながら「はい」と返事をして別れたのだった。



 

        ◆




 指定された場所でレオンと東郷屋伯爵と待ち合わせし、共に近衛侯爵家を訪ねた。

 二井家を見た時もその大きさや華やかさに驚いたが、近衛侯爵家は驚きを通り越して呆気にとられた。


 千代達を出迎えた玄関ポーチは平面四角形の塔屋となっており、その上はバルコニーとなっていた。二階建ての洋館ながら、どこか西洋の城を思わせる。深い木々の向こうには瓦屋根も見えており、洋館と同じ規模の和館もあることが窺えた。同程度の屋敷が同じ敷地内にあるということは、きっと自分が思う以上にこの屋敷の敷地は広いと思われた。もしかしたら、洋館奥に見える小山は敷地外のものではなく、侯爵家のものかもしれない。

 世の中には没落する華族もあるというのに、この規模を維持できているとは、やはり二人が紹介するだけあってただ者ではないのだろう、と背中にツーと汗が流れ落ちた。



 使用人とおぼしき燕尾服姿の老年の男に案内され、洋館の中を進む。

 足元は大理石のタイル張り、天井はペルシャ刺繍の織物が貼られ、壁面に取り付けられた飾りアーチはサラセン風と目が眩むようだった。


「すごい」と雪人も屋敷の中を見回しては、感嘆のため息を漏らしていた。

 心なしか、屋敷を眺める目がキラキラと輝いているように見える。


(そういえば、雪人さんって建築書を探して読むくらいには好きだったのよね)


 一緒に教会を()()行こうと誘ってくるくらいだし。

 なんだか、宝物を前にした子供みたいで可愛いなと、千代は密かに口元を和らげた。

 そうして、千代、雪人、東郷屋伯爵、レオンの四人は南側にある客室へと通された。


 部屋に入ると、応接セットの奥、正面の窓辺に壮年を少し過ぎたくらいの紳士が佇んでいた。

 顔だけがこちらを向き、身体は窓の外に向けられたままだ。


 東郷屋伯爵よりも細身だが、雪人よりかは肉がしっかりとついており、しかし無駄なものという印象は受けない。それは、彼の背筋が年の割にまっすぐと伸び、向けられた双眸に獣のような攻撃性が宿っていたからだろう。決して、老いた者が持つ眼光ではない。加えて、顎先が尖った細面からは神経質さよりも怜悧な印象を受ける。

 東郷屋伯爵と親しい者と聞いていたから彼と似た感じかと思ったが、正反対で少々驚いた。


「その若者か、私に紹介したいと言ったのは」


 近衛侯爵は東郷屋伯爵が雪人を紹介する前に、前置きなしに本題へと触れた。


「ええ、侯爵。こちらが横濱で一乗汽船という海運会社の代表をしている一乗雪人君です。隣は夫人の千代さん。雪人君、こちらは(この)()(りん)(どう)侯爵だ」


 千代と雪人は丁寧に挨拶をした。


「前々からレオン先生には会ってほしい友人がいると言われていたが、まさか、伯爵からもお願いされるとは。二人から言われたら会わないわけにはいかないからな」


 歓迎をされているというわけではなさそうだ。

 義理で会ったという感じだろう。気難しいと聞いていたが、思った以上だ。


「それでどんな用件があるんだ。まあ……私を訪ねてくる者の理由などわかりきっているがね」


 近衛侯爵は、クッと片口をつり上げる。

 実に皮肉的な笑みだ。

 そういえば、レオンが有名な投資家とも言っていた。屋敷を見ただけでも、相当な資産家であることは窺える。きっと、自分達のように金の工面を頼みに来る者が後を絶たないのだろう。

 なんだか紹介してもらったとは言え、申し訳ない気がしてきた。

 近衛侯爵は両手を広げ、まるで帝劇俳優のような優雅な立ち居振る舞いで、やっとクルリと身体を反転させ全身をこちらへと向けてくれる。


「他人様の時間を奪う、それはとても罪なことだ。だからまず、時間を請う者は相手に時間を割いてもいいと思わせなければならない。その次に、時間を割いて良かったと思わせる話を展開しなければならない。そして最後に、握手と笑顔で別れられなければ……二度目はない。それが本物の交渉だ」


 彼が言葉を発するたびに、背中を冷たいものが幾筋も流れていく。


「私は本物以外、興味はない」


 つまり、近衛侯爵はこの一度の機会だけで自分の興味を惹き、耳を傾けさせ、頷かせてみろと言っているのだ。彼は有名な投資家だ。もし、ここで失敗すれば今後の融資者探しにも影響が出るのは間違いない。

 傍らにいた東郷屋伯爵がボソリと「またはじまった」と呟いた。「いっつもこうやってソレっぽいことを言うが、実際は最初から聞く耳を持ってないんだよ」と、彼はコソッと耳打ちして教えてくれた。


(そ、それって、気難しいどころの話じゃないんじゃ……!?)


「どうして、お二人してそんな難攻不落のような方を紹介してくださったのですか!?」


 聞く耳持たないとわかっていたのなら、もう少し望みがあるような方を……いや、紹介してもらった立場だから強くは言えないが。


「僕は雪人なら大丈夫だと思ったし」

「中途半端な者に頼んでも、また妨害されたら一緒だし、それなら誰も妨害できないくらい突き抜けた人がいいと思ってな」

「つ、突き抜けすぎですよ……」


 レオンは根拠のない自信だし、東郷屋伯爵の考えはもっともだが成功確率が著しく低い気がする。雪人を信じていないわけではないが、やはり不安は大きくなった。


 一方、三人がコソコソと潜め声を交わす中、雪人だけは話に入らず沈黙を保っていた。

 さすがの雪人も緊張しているのだろうと、千代はそっと彼の顔を窺ってみたのだが……。

「え?」と、千代の目が点になった。


 雪人は屋敷の中を歩いている時のように、なぜか目をキラキラさせているではないか。


「近衛侯爵、もしかしてこの洋館の設計は、ジョサイア・コンドルではありませんか」


 この、絶対に失敗は許されないという重苦しい空気の中、雪人の口から出てきた最初の言葉に、雪人以外の皆がポカンと口を開けた。なんなら、目も点になっている。


「外構からもしかしてと思っていましたが、内装を見て確信しました。バロック様式だけではない、ビザンチンにサラセン……様々な建築様式を折衷させるのが彼の大きな特徴です。あちらの方に和館も見えましたが、こちらの洋館と和館との間にある庭には、薔薇の木々と松の木。彼は日本文化のものを好み建築だけでなく、庭造りにも取り入れたと――」


 雪人が息を熱くして饒舌に語っていたところ、傍らから、口いっぱいに貯めていた水を、一気に吐き出したような盛大な吹き出し音が聞こえた。



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― 新着の感想 ―
お、おおお…!! どうやって話すきっかけを作るのかと思いきやまさかの! 次話が楽しみでなりません!
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