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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第六章 陰徳あれば陽報あり

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まさかここまで……

 最初は、大旦那である善路は千代を遠ざけていた。普通の者であればここで諦めたり、善路の態度に怒るだろう。しかし、千代は斜め上の根性を発揮して通い続け、しっかりと気難しい善路の心を掴んでしまった。


 自分達女中も、最初は女中の仕事を手伝おうとしてくる千代に、正直なところ少々面倒だなと思っていた。もし、手伝ってもらっている最中に怪我でもされたら一大事だ。それに、士族のご令嬢と聞いていたし、家事などやれたものではないだろうと思っていた。それが今では、お使いを頼める程だ。


 清須川家の長女という話だが、なぜ嫁に出されたのかわからない。以前、祝言の時にチラッと千代の妹を見たことがあるが、姉妹とは思えないくらいに派手だった。その後一度だけ屋敷を訪ねてきたこともあったが、千代が対応していたからよくわからない。


 ただ、自分とは合いそうにないな、とは感じた。

 だから正直、姉だろうがなんだろうが、千代が嫁いできてくれて良かったと思った。


「それが、そのお姉さんの本性を婚家はまだ知らなくて……か、隠してるみたいなの」


 意地悪な姉は、婚家ではまだ猫を被って良い嫁、良い主人を演じているということか。


「どのくらい?」

「ふ、ふた月くらいかな」

「えー二ヶ月も隠せてるなんてすごいね、そのお姉さん。詐欺師の才能あるよ」 


 かつて雪人目当てで訪ねてきていた女達は皆、玄関に入るときは猫を五匹くらい被ってきて、帰る時には全部脱ぎ捨てて、プリプリ怒りながら帰っていたというのに。雪人の脈なし極寒の態度に、誰ひとりとして猫を被り続けられなかったのだ。


「本当、私もその家の人達に伝えたいくらいなの。優しいふりして妹の婚約者を寝取るし、き、着物とかも本当は持ってるのに、わざと地味な着物だけ着てみせて同情を買おうとしたり、他にも結婚しても夜遊びしてるみたいだし」

「なんか、そこまで凄腕の性悪女だとちょっと興味わくなあ」


 勤め先を聞かないのが女中達の暗黙の了解なのだが、興味がそそられる。

 その婚家に『その嫁、本性隠してますよ』って手紙を送ってあげたい。

 そうだ。手紙といえば、昼から千代が手紙を出しに行くと言っていた。日本大通のところにある郵便局だろう。であれば、帰り道で会うかもしれない。


 そんなことを考えながら、ナリは軽い気持ちで「ねえ、その婚家ってどこ?」とサエに尋ねた。サエは少し迷うように視線を右に左にと揺らした後、口を開く。


「それはね、一――」

「あら、やっぱりナリさんだわ」


 サエの声に重なって、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。見上げれば、そこにいたのはやはり千代だった。


「奥様、郵便局の帰りですか」

「ええ。この時間だし、もしかしたらナリさんも買い物に来てるかもって、探しながら歩いてたら本当に見つけちゃったわ」

「アタシも、もしかしたら帰り道で奥様と会うかもって思ってましたよ」

「あら、こういうのって以心伝心って言うのかしらね」


 女中の行動を覚えて、さらに探してまでくれるとは。

 クスクスと嬉しそうに肩を揺らして笑う彼女は、本当、変わった最高の奥様だ。


「って、ごめんなさい。話を遮ってしまったわね。あら、もしかしてこの間、チラッと見たご友人さんかしら?」

「そうです。サエって言って――」


 紹介しようかと隣のサエを振り向けば、彼女は勢いよく立ち上がり背を向けた。なぜか顔が俯いている。


「ぁ、わ、私、もう帰るね!」


 サエは脱兎という言葉のように、ぴょんと石段を二つ一気に飛び降りると、そのまま雑踏へと向かおうとする。

 しかし、その背に千代が「待って!」と声を掛けた。


「ねえ、私やっぱりあなたを見たことがあるわ」


 ピタッとサエの足が止まった。

 しかし、なぜか彼女は振り向かない。ただ、後ろから見てもわかるほどに、肩をすぼませている。


「えっと、それって前回もあたしと話していたからじゃないですか」


 千代と買い物に来た時も、サエと会ったと思うのだが。しかし、千代は「いいえ」と首を横に振った。


「ねえ、もしかしてあなた、清須川家の女中さんじゃない?」


「え……」と、ナリの息が詰まった。

 清須川といえば、千代の実家だ。

 そこの女中ということはつまり、サエが今まで話していた、自分の主人をいじめる意地悪で性格の悪い嫁いだ姉というのは……。


「…………っ」


 肩越しに振り向いたサエの顔は、泣きそうだった。




        ◆



 

 千代が郵便局へと年賀を出しに行った日から一週間が経っていた。

 その間に世間は新年を迎え、一乗家でもゆるりとした三が日を終えたところだ。

 新年ということで、屋敷は新たな活気に満ちあふれていた。ただひとりを除いては。

 あの日から、ナリの元気がない。

 原因はわかっている。


「どうして、そこまで執着するのよ……茜」


 茜は清須川家の女中――サエを使って、一乗家の内情を探らせていたのだ。そこで目を付けられたのがナリだった。

 若いという理由で、一番用事を頼まれて街へ外出することが多かったナリ。接触するのであれば、彼女が一番簡単だろう。


 サエはナリが一乗家の女中だと知った上で、偶然を装って近付き仲良くなり、他愛のない会話から一乗家の様子を聞いて、茜に伝えていたようだ。

 きっと、サエの様子から彼女自身が勝手に『茜のため』にやったことではないと思われた。ナリに問い詰められている時、彼女の顔は青くなり目に涙をためていたのだから。



『ちょっと、どういうことよ! 本当にサエちゃんは清須川家の女中だったの!?』


 石段を走るように飛び降りたナリは、そのままの勢いでサエに詰め寄った。


『ねえってば! なんとか言いなよ、サエちゃん!』


 サエの両肩を掴み、ガクガクと力任せに前後に揺らすナリは、見たことないくらい切羽詰まっている。


『ナリさん、落ち着いて』

『落ち着けませんって、奥様! だってこの子、ずっとあたしに奥様の……っ!』


 その先の言葉を、ナリはグッと下唇を噛んで飲み込んでいた。

 以前チラッと聞いたことがある。確か、友人の女中の勤め先には、妹をいじめる性格が悪い姉がいるというような話だったと記憶している。


『あんた、奥様を見て逃げようとしたよね!? それって、あたしと奥様が一乗家の者だって知ってたってことだよね。知ってて、あたしに今まで奥様の嘘の話を吹き込んでたってこと!?』

『――っ』


 サエは苦しそうに顔をしかめて、ナリと目を合わさないようにか、ずっと瞼を閉ざしていた。

 しかし次の瞬間、ペチンッと肌を打つ音がすれば、サエの目も丸く見開いた。

 ナリの左手が、サエの右頬を打っていた。


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