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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第五章 策略

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舞踏会へ

 師も走る仲冬をすぎた頃、茜と勇一郎の婚約報告を兼ねた舞踏会が、東京にある二井家本邸で行われていた。

 招待を受けた千代と雪人は、横濱駅から鉄道を利用して東京へと出てきていた。


 晩餐会のあとに舞踏ホールで歓談という流れだったのだが、晩餐の際、席から見える範囲に座る者達だけでも、華族や士族、それに大会社の社長とおぼしき華々しい面々が並んでいた。


 子爵位とはいえ、そこはやはり旧来からの華族。

 邸宅の中に舞踏ホールがあるというのにも驚いた。

 それになんといっても、招待された関係者の華々しさだ。


 さすが東京。横濱にも華族はいるが、やはり数は少ない。

 基本的に華族は、本邸を東京に構えている。

 横濱にいるのは、大抵は別邸住まいの者であったり、子供の通学に際して一時的に居所を移している者や、数は多くはないが貿易や外交に関係を持っている者であったりする。


 二井家も横濱にある家は別邸で、今は勇一郎と使用人が主に住んでいるらしい。後継者の長男はやはり東京の本邸にいるという話だった。


「それにしても、すごいですね」

「さすが華族だな。早々たる面々だ……だからこそ、父が言ったように気を付けないと」


 これには、千代は元より雪人もさすがに緊張を覚えているようだった。緊張でカラカラになった喉を潤すかのように、雪人はグラスに口を付けていた。

 一方千代は、グラスを持ったまま。

 洋酒だろう美しい黄金色の飲み物は、鼻を近づけただけでアルコール臭に『うっ』とやられてしまう。元より酒にとんと弱い千代には中々の刺激物なのだ。


(それに、今日は酔っぱらうわけにはいかないもの)




 それは、二井家の舞踏会に招待されたと善路に報告した時のこと。


『茜さんからか……千代さんは親族だし招待は自然なことだろうが……素直に好意で招待してくれたと受け取るのは、些か安易だろうなあ』

『俺もそう思います。だが、行かなければそれはそれで、千代を口撃する理由を作ってしまいますので、二人で出席するつもりです』

『そうだな。だが、穏便にすむということはないと思う。特に一乗家は平民だ。その点でも、茜さん達以外からも余計な揶揄を向けられる可能性もある』


 雪人と善路はさらりと『平民は揶揄される対象だ』と言っていたが、千代は口惜しかった。身体の前で重ねていた手に力が入る。

 いくら華族や士族という肩書きがあっても、必ずしも人間としての器量も上とは限らない。むしろ、父や勇一郎を見てきた千代は、雪人や善路のほうが素晴らしい人間だと思っている。


(私のこの無駄な士族の娘なんていう身分が、雪人さんに渡せたらいいのに)


 何か彼の役に立ちたい。

 彼の頑張りを応援したいのだ。


『とにかく、平民同士ならば手が出ても問題にはならないが、相手が士族、ましてや華族となると大事だ。挑発されても決して乗るな。下手をすると、一乗家の会社すべて潰される羽目になるぞ』

『肝に銘じておきますよ』





 そうして、警戒心をしっかりと持たなければと気合いは入れたのだが、千代は既にこの煌びやかな状況に圧倒されていた。

 高い天井からつり下がる、煌々としたシャンデリア。背の高い格子窓には、ひだがたっぷりのカーテンが掛けられている。慣れないヒールで踏む床は、シャンデリアの光を反射するほど艶やかな板張りだ。


(ゆ、雪人さんの足を引っ張らないようにしなきゃ)


 茜は必ず自分に接触してくる。自ら招待したのだ。このままお互い何もなく終わる、というのは考えられない。

 彼女は自分を貶めることが目的のはず。

 であれば、もしかすると皆が集ったこの場で、噂のことを持ち出すかもしれない。


 以前、一乗家でやったように。


 その茜はどこにいるのかとホールを見回す、彼女は勇一郎の一方後ろにピタリとついて、勇一郎と勇一郎の父親が挨拶回りをしているのに同行していた。

 何を話しているかわからないが、時折楚々として笑う姿からは、姿を偽り夜に喫茶店を訪ねてまで姉を貶めようとした者には見えない。


 薄紅と白のひだ飾りがたっぷりついたドレスは、茜によく似合っていた。堂々と着ており、とことん自分とは似ていないな、と千代は自らの姿を見下ろした。

 西洋の文化を模した舞踏会では、男は燕尾服、女は西洋ドレスが正装と決まっている。

 招待に応じると決めた後、すぐに千代はドレスを仕立ててくれる店へと連れて行かれ、今まで着たことがないような露出したドレスを誂えた。はじめてドレスなど着るが、あまりの露出の多さに、試着した時など手で身体を抱いて背中を丸めるという、情けない格好となってしまった。


 しかし、雪人の隣に立つためにと、今日まで何度も自室でこっそり試着して随分と頑張ったのだ。結果、ショールを羽織ってはいるが、どうにか身体を抱くことも、背を丸めることもせずに彼の隣に立てている。


「千代、緊張してるのか」


 強張った表情のままの千代に、そっと雪人が耳元に口を寄せる。


「えっ、あ……少し」

「大丈夫だ。何があっても自分の妻は絶対守るから」

「雪人さんの……妻……」


 そういえば、公の場で彼の妻を名乗るのははじめてではないか。彼の会社を訪問した時は何も思わなかったのに、やはり場の雰囲気もあるのか、他人からそのような目で見られるのだと自覚すれば、顔が熱くなった。

 千代の赤くなった顔で、雪人も彼女が何を思って頬を染めているか気付いたのだろう。


「ドレス、よく似合っているよ。ホールにいる誰よりも綺麗だ」

「ひゃぁッ」


 さらに、千代の顔が茹だるようなことを耳元で囁いた。

 彼の計算通り、千代は妙な悲鳴を漏らし、耳の先まで赤くなる。

 雪人は身体を離すと、愉快だとばかりに忍び笑いを漏らしていた。

 なんだか、以前にも増して、雪人のいじわる――というより、いたずらが加速したような気がする。


(それにしても……)


 改めて隣で肩を揺らす雪人を見上げる。


(正装姿の雪人さん、目立ちすぎじゃないかしら……!?)


 背が高く、たるみなど一切ない体躯は、燕尾服がよく似合う。毎朝のスーツ姿も格好いいと思うのだが、やはり服装だけでなく、髪も掻き上げてキッチリと社交用に整えられた姿からは、そこはかとない色気が漂っていた。

 ホールの四方八方に散らばる婦人方から、チラチラとした視線が向けられている。

 老いも若きも彼女達は雪人に夢中だ。


 時折、自分にも視線が刺さるが、きっと『なんであんなのが隣に!?』といったものだろう。

 なんだか申し訳なくて、雪人から一歩距離を取ろうとした時。


「やあ、雪人! 久しぶりじゃないか!」


 跳ねるような明るい声が飛んできた。


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