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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第四章 本性

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急転直下

 雪人は千代のこめかみに軽い口づけを落とすと、布団を千代の肩まで引き上げ、自分は静かにベッドを出た。

 私室に戻り、手早く着替えを済ます。

 いつもより少し早い時間。雪人は足音に気を付けながら玄関へと向かう。


「あら、雪人様」


 玄関で靴を履く雪人の背に、ミツヨの声が掛けられた。


「……早いな。さすがミツヨさん」

「それはこちらの台詞です。何か問題でもありましたか」

「ああ、少し気になることがあって、今日は早目に会社へ行く」


「かしこまりました、お気を付けて」とミツヨは腰を折り、雪人は玄関の扉に手を掛けた。しかし、思い出したように顔だけで振り返る。


「ああ、そうだ。今日は、千代をゆっくり休ませてやってくれ」


「は?」と、ミツヨは唐突な雪人のお願いに首を傾げた。


「疲れてるだろうからな」


 しかし、雪人の嬉しそうな、それでいてどことなく勝ち誇ったような顔を見て、察するものがあったらしい。


「まあっ!」と、ミツヨが目も口も円くして声を上げた時には、雪人の姿は扉の向こうだった。





 雪人は、昨日の茜の言葉が引っ掛かっていた。


『ここは横濱で、昔ながらの伝手は一乗よりも多いということですよ』


 チヨの正体がばれた今、彼女は同じ手を使って、千代の悪い噂を広めることはしないだろう。これでひとまずは安心といった話なのだが、どうしてか嫌な予感がするのだ。


「彼女の目的はなんだ?」


 姉から婚約者を奪うことではないのか。

 奪うにしても、可愛がってくれた姉を貶めてまでやることか。

 しかも、あの台詞……誰が聞いても、これで終わりとは思えない言い様だった。


「伝手が多い? 千代から聞いた限りでは、今の清須川家よりもうちのほうが、伝手は多そうなんだが……やはり窮状を知らない者のはったりか?」


 昨日からずっとどんな結論も腑に落ちず、ひとりでは思考に埒があかなかった。

 ひとりで駄目なら二人だと、忠臣も今日は少し早く来いと既に連絡してある。

 部屋の窓から、会社前の道を見下ろした。人の往来も増えてきた。

 きっと、忠臣ももうすぐで現れるだろう。


「しまった。朝食も買ってくるよう言えばよかったな」


 ヨコハマベーカリーの『イングランド』というパンが絶品なのだ。


「あーでも、まだ開店時間じゃ――」


 ないかな、と言いかけた時、社長室の扉が勢いよく開いた。


「社長!」


 切羽詰まった声と共に、忠臣が駆け込んで来た。

 すぐに、何か良からぬことが起こったのだと理解する。


「どうした、臣」

正金しょうきん銀行からの我が社への予定融資が、取り消されました!」


 そんなはずはないと思いつつも、雪人の脳内には、茜の『これからはどうぞ頑張ってくださいね』という声が響いていた。





面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。


明日より一日一回更新(文字数多め)になります

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