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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第三章 姉と妹

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面白くない

「面白くないっ」


 何もかもが。


 千代が一乗家でどれだけ冷遇されているのか、取り繕われないように突然訪ねていったというのに、予想していたものではなかった。相変わらず地味な着物姿ではあったが、普通に応接室なんか使っているし、女中とも普通に会話なんかしていた。清須川家では、皆千代に対して、腫れ物を扱うような態度か、いない者として扱っていたというのに。


「しかも、何あのオヤジ……ッ、せっかく良いことを教えてやったのに」


 一乗の義父――善路に言われた言葉を思い出し、腹の底が苛ついてきた。

 まるでこっちが悪者みたいに言われ、しかも下品とまで言われたのだ。


「拝金主義者の平民風情が……っ」


 茜は親指を噛んだ。パキッという音と共に爪が折れた。それでも茜は爪を囓り続ける。


「一瞬、あたしが一乗家に嫁いでればと思ったけど、やっぱり平民は無教養でダメね。商売人はどんな情報でも耳を傾けなきゃっていうのに……一代で成り上がったって話だけど、あれじゃ会社もすぐに潰れるわね」


 よく父が勇一郎に、いかに早く情報を仕入れるかが商売では大事だと言っていた。どのような情報が大事かまでは茜にはわからないが――事業に関わるつもりもないし、わからなくて構わないのだが――頭から疑ってかかるのは論外だろう。

 何より、士族令嬢に対して態度が失礼すぎた。


「ハッ! 一乗が清須川に仕事の相談に来ても、絶対助けてやんない」


 勇一郎は自分に惚れ込んでいる。自分の言うことなら、犬のように尻尾を振って頷く。

 それに、雪人もだ。

 洋装の美女が訪ねてきたというのに、挨拶どころかその場にいた社員に紹介すらしなかった。しかし、やはり自分のほうが千代よりも目立つのも当然で、社員達は鼻の下を伸ばして自分を褒めちぎっていた。


「ま、ありきたりな褒め言葉でつまんなかったけど」


 やはり、金がない奴は粋もないのだろう。

 しかし、無いよりかは良い。一応それで一乗家での溜飲も多少は下がった。はずだったのに……。


 社長夫人である千代よりも社員に愛されている自分を、彼女はどのような目で見ているのか、さぞ悔しがっているだろうと思って様子を窺ってみれば、千代はこちらを気にした様子もなく、雪人と談笑していた。


 会話の内容は聞こえなかったが、俯いた千代を見つめる雪人のふやけた眼差しを見て、ふざけるなと思った。

 千代は蔑まれ冷遇されるべきであって、決してそのような眼差しを受けていい人物ではない。その眼差しは千代ではなく自分に向けられるべきものだ。


 だから、彼の妻がどのように噂されているのか、親切に噂を教えてやろうとしたのに。仕事を理由に躱されてしまった。


「何が『予定が詰まってて』よ」


 これが、自分以外の女――同級生程度だったら通じただろうが、そんな明らかな嘘、自分には通じない。手紙でと言っていたが、二人きりで話したいと言ったことを手紙で知らせるバカがいるか。

 証拠を残すような、浅はかな真似をする娘だと思われたのかもしれない。


「親子揃って最低……ただ、顔だけは良いのよね、あの男」


 それ以外は自分とは釣り合わないが、顔だけは認めてやろう。その顔が良い男が千代の夫ということが、また腹を苛立たせた。


「あの男は、あたしみたいな美女の隣が相応しいってのに……! お姉さまにはもったいなさ過ぎるわ」


 平民だから夫にはしてやれないが、自分を取り巻く男としては最高だ。


「そうだ。向こうの家は清須川家と繋がりがほしいから縁談を申し込んできたわけだし、お姉さまよりもあたしのほうが役に立つって教えればいいのよ」


 その最高の隣にいるのが千代というのは気に食わないが、しかし今だけだ。


「ふふっ、絶対奪ってやるわ」


 茜は好戦的な笑みを浮かべむくりと起き上がった。


「はぁ……でも、まずはこの苛立ちはちゃんと消化させないと。やっぱりこういう時は買い物が手っ取り早いのよね。勇一郎でも呼ぼうっと」


 華族の坊ちゃんの財布なら、きっと自分を満足させてくれるだろう。





「わあっ、見て見て勇一郎さま。このカメオ素敵だわ」


 通りに面したショーウィンドウに張り付いて、飾ってあるカメオや指輪を見て茜はきららかな声をあげた。勇一郎は「そうだね」と、一歩離れた場所で相槌を返していた。


 勇一郎と買い物に出かけることにした茜は、すぐに連絡をとりその日の夜には目論見通り、勇一郎を連れて元町に来ていた。


 日本人向けの店が多い伊勢佐木町とは違い、元町は外国人居留地の近くにあり、店が取り扱っている品も西洋の舶来品が多く、他では手に入らないようなものが揃う。

 今の自分の気分を直してくれるのは、自分だけという特別感のあるものだけだと元町を選んだ。


 それに、舶来品は値が張るものばかりで、この町で買い物ができるのは自分のような金持ちの家の者だけだ。平民など滅多に目にしない。

 正直、今は一乗を思い出す平民など見たくないから、そこもちょうど良かった。


「ねえ、勇一郎さま。このカメオ、私に似合うと思いません? この間買っていただいたワンピースの胸元になんてぴったりだと思うんですよ」


 肩越しに、一歩離れて後ろに立つ勇一郎に視線を投げる。




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