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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第三章 姉と妹

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はじめての口づけ

「その……」

「はっ、はい!」


 千代の背筋が反るほどに伸びた。


「き、君はまだ…………のか」

「え?」


 ぼそぼそとしていてよく聞こえなかった。いつもはっきりと喋る彼がどうしたことか、珍しい。


「すみません、よく聞き取れなくって。もう一度言ってもらっていいですか?」


 雪人は一瞬だけ横目で千代を捉えると、はぁと腹の底からの長い長いため息を吐き、身体事千代へと向き直った。


「――っ君は! まだ勇一郎って男のことが好きなのか!」

「え、ええ!? どうしていきなり勇一郎様が!?」


 今日はよくその名を聞く。

 千代にとってすっかり過去の人でしかなかったのに、なんだというのか。


「君の元婚約者だと聞いたんだが」

「あ、ああ……そういうことですね。すみません、黙っていたわけではなくて……言う機会がなかったといいますか……」


 きっと善路から今朝のことを聞いたのだろう。であればきっと、どういった理由で婚約破棄をされた女だということも、知っているに違いない。


「申し訳ありません。あの噂のことも聞かれました……よね。実はその噂――」

「いや、噂なんてどうでもいい。どうせ嘘だろうしな」

「へ!?」


 食い気味に一刀両断された。


「それより、君は未だその男のことが好きなのか?」


 それどころか、『それより』と言って噂を一蹴された。善路も取り合ってはいなかったが、それでも自分の妻にそのような不埒な噂があると知ったら、誰でも嫌悪するだろうと思っていたのに。

 強い力で両肩を掴まれ、ずいっと顔を寄せられる。


「そいつはどんな男なんだ。君をなんて呼んでいた。君に何を贈った。君のどこに触れた。君とどれだけ一緒にいたんだ」


 てっきり噂のことを問い詰められるかと思いきや、雪人は千代が予想もしないことばかりを聞いてくる。


「ままま、待ってください、雪人さんっ。勇一郎様とは家が決めた婚約でして、そのような深い仲ではまったくなく……」

「本当か?」


 顰められていた眉間の皺が少し浅くなる。


「本当です本当です! 触れられたこともありませんし、贈り物をもらったことなどもありませんでした。三年ほど婚約者でしたが、その間に彼が私を訪ねてきたのは数えるほどで……季節の変わり目に義務的に顔を合わせる程度だったんですから」


 正直なところ、勇一郎に対する感情は『婚約者だな』くらいしか持ち合わせていない。だから、婚約破棄と言われても、心配事はあったが悲しみはまったくなかった。


「じゃあ、なんて呼ばれていた」

「それは千代、と」

「千代」

「は、はい」


 急になんだろうか。


「千代」

「ええっと……はい」

「千代」

「はい……あの、どうされたのですか?」


 何かあるのかと構えていたのだが、名前しか呼ばれない。

 雪人の顔が遠ざかっていき、隣の千代ではなく誰もいない正面を向く。その口元は不機嫌そうに歪んでいる。


「その男が、俺よりも君の、いや、千代の名前を呼んだのかと思うと腹立たしくてね」


 千代は口をポカンと開け、唖然とした。

 今までも彼は可愛いや美しいなど言うこともあったが、それは自分の言動などに対してであり、嫌われてはいないのだろうとは思っていたが……。

 しかし、この言い様だとまるで……。


「もしかして嫉妬を……」


 そう、まるで勇一郎に嫉妬しているみたいで。


(それはつまり、雪人さんは私のことを好きって……こと?)


 カァッと身体が熱くなったが、千代は頭をぶんぶんと横に振り、都合の良すぎる考えを追い出す。


「あ、あはは、そ、そんなわけないですよ――――んっ」


 突然、視界が雪人だけになった。いや、彼かどうかもわからない。だって、彼の閉じた目しか見えないのだから。


 ただでさえ熱かったのに、唇に触れる柔らかなそれはもっと熱かった。

 微かな水音を立てて熱は離れていき、ヒヤリとした唇が寂しく、胸が切なくなる。


 二人の間で、はぁ、という熱っぽい吐息の音だけが落ちた。

 コツン、と額がくっつく。


 否が応でも彼の黒い瞳と目が合った。


「悪いか。君は俺の妻だ」


 雪人は、バタバタと慌ただしく寝室を出て行った。

 ただ、戸を閉める音はとても優しく、パタンと部屋に音が響いた瞬間、千代はベッドに倒れ込んでしまった。


 胸の内側を激しく心臓が叩いていた。

 痛いのか、甘いのか、むずむずするのか。


「胸が壊れちゃいそう……っ」


 口づけとは、こんなに甘くて幸せなものだったのかと、はじめて知った。




        ◆



 

「……面白くない」


 千代を訪ねた日から数日が経ち、今日は学校も()()()()休みの日曜日だった。

 茜は朝から自室の畳の上で横たわり、畳の目に爪を引っ掛けては、ガリガリと猫が爪を研ぐように畳を掻いていた。


もしかして文字数ちょっと少ないですか?

サクッと読んでもらえるよう2000字程度にしてるんですが、3000字くらいのほうがいいですか?

ご希望なければこのままのペースで行きたいと思います

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― 新着の感想 ―
何か 可愛らしい作品だな〜 と思い読ませてもらっています。 昨日イッキ読みをさせてもらい、今日更新していたので 読ませてもらいましたがほんの少し短いかな?って 思いました。 もし大丈夫ならもう少し長く…
2025/11/25 21:51 みちょっこ
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