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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第三章 姉と妹

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似ても似つかない妹

「それじゃあ――」


 帰りますね、と言おうとした時、「社長ー!」と同じ部屋にいた社員が雪人に声を掛けた。


「こちらのお嬢さん、社長の義理の妹さんなんですか!?」

「すっごい可愛いんですが!」


 いつの間にか茜が社員の男達に囲まれていた。茜は恥ずかしそうに男達の真ん中でニコニコしている。


「えっ、まだ学生なの」「素敵な洋装だね。よく似合ってるよ」などと、社員達は鼻の下を伸ばし、茜を褒めそやしていた。


「ありがとうございます。このワンピースは婚約者の方が似合うからって買ってくれて……たくさん褒めてもらえて嬉しいです」


 茜はクルリとその場で一回転した。ひらりとワンピースの裾が膨らみ、社員達の口からは「おお」という歓喜の声が漏れる。最後に、首を傾げて誰でもが釘付けになるようなニッコリとした笑みを湛えると、周囲からは悲喜交々のため息が漏れていた。


「そりゃ、帝劇女優になれそうなくらい可愛いんだもん。婚約者のひとりや二人はいるよな」

「相手の婚約者が羨ましいよ。しかも、洋装を買えるくらいだし、きっと金持ちなんだろうなあ」


 あっという間に、茜は皆の注目を集めていた。


「……やっぱり茜ね、すごいわ」


 昔から彼女は華があった。

 半分は同じ血を引いているはずなのに、どうして自分と妹はこうも似ていないのか。


(やっぱり雪人さんも、茜のような格好が好きなのかしら)


 マガレイトや耳隠しに英吉利結び、着るものも流行りの柄とキラキラしている。それに対して自分は、母の着物など流行りとは無縁で、色合いも無難で地味なもの。


(でも、場所を選ばないから着回しやすいのよね。髪は……)


 千代は肩口から下がる、太い三つ編みの毛先をつまんだ。


(私の技術じゃ、これがやっとだもの)


 はは、と苦笑が漏れた。

 さすがに忙しいミツヨ達に、朝から髪を結ってくれなんて言えないし、清須川家にいた頃に比べたら、これでも充分お洒落だ。


 清須川家にいた時は髪に気を遣う余裕など当然なかった上、離れの掃除や食事を本邸に取りに行ったりと動き回ることが多かったため、背中でひとつ結びにしていないと邪魔だった。このように肩口に三つ編みを垂らせるようになったのも、随分と進歩したものだ。

 すると、毛先をつまんでいた千代の手を握る者がいた。


「雪人さん……?」


 大きな手で千代の手を握っていたのは雪人だった。見上げれば、彼は口角を下げて千代を見つめていた。何か不快にさせるようなことをしただろうか。

 不安に思っていると、次第に雪人の顔が近付いてくるではないか。


「えっ!? あっ、あの、ゆ、ゆゆ雪人さんっ!?」


(ま、まさかこれって……う、噂の口づけというもの……!? こんな場所で!?)


 周りに茜も社員の人達もいるというのに。

 千代はギュッと目を閉じた。しかし、彼を感じたのは唇ではなく――。


「俺は、千代のその三つ編み……可愛いと思うよ」


 耳元でこっそりと囁かれた、雪人の低くとも穏やかな言葉に、千代は目を丸くして「ふぇぇ」と情けない声を漏らしてしまった。

 社員の人達はこちらには気付いていない様子だったが、それにしても不意打ち過ぎる。


(ああ、もう……っ)


 きっと顔が真っ赤になっているはずだ。こんなに熱いのだから。

 耳元から離れていった彼をチラと横目で窺えば、先ほどまで下がっていた口角は緩く上がり、とろけた蜜のような甘い眼差しで見つめられていた。


(ああ、もう……、もう……っ)


 胸が苦しい。

 視線を逸らし、キュッと胸元を握りしめた。


「お義兄さま、お久しぶりです。お仕事中、お邪魔してすみません」


 気がついたら、目の前に茜がいた。いつの間にか社員達の輪から抜け出ていたようだ。

 茜は、昔に流行った西洋ドレスを纏った貴婦人達がしていたというお辞儀――スカートの裾を持ち上げ膝を折る――をした。どこでそんな礼を覚えたのだろうか。女学校の友人からだろうか。

 茜の通う女学校は、千代が通っていた女学校とは別の、殊に上流階級の令嬢が多い学校だ。


「ああ、久しぶりですね」と雪人は丁寧な口調で挨拶を返していた。

 しかし、それ以上雪人は会話を続けるような素振りもみせず、口を横一文字に結んで立ったままだ。その顔は先ほどまで千代に向けられていた顔とは似ても似つかない、無感情に冷めたものだ。


「っお、お義兄さま、実はお耳に入れたい話があるのですが……」


 茜が気にしたように目で千代を示す。


「できれば……二人きりで」


 千代は首を捻った。茜が雪人と二人きりで話すような話題はないと思うのだが。

 つい、と茜は大きく一歩踏み出し、雪人の胸に身体を寄せようとした。が、同時に雪人が一歩後ろにさがったことで、彼の胸に置こうとした茜の手は宙に置き去りにされる。


「あいにく予定が詰まっていまして。お話があるのなら、手紙でもしたためていただければ助かります」


 言うやいなや、雪人は社員達に顔を向けた。


「準備はできているのか。今日まで瀬古はいないんだぞ。先方と会う前にしっかりと資料の確認をしておけよ」


「か、かしこまりました!」と、彼らはバタバタと慌てて社長室を飛び出していく。


「ごめんなさい、お仕事を邪魔してしまって。私達もすぐに帰りますね。ほら、茜、行くわよ」


 茜は一瞬機嫌を損ねたような顔をしていたが、すぐに「はーい、それではお義兄さま、また」と雪人に笑顔で挨拶すると、スタスタと戸へと向かった。


「あっ、茜待って……本当ごめんなさい、雪人さん。お仕事頑張っ――」


 茜を追いかけようとした瞬間、千代はクンッと後ろから手を引っ張られる。




面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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