表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第三章 姉と妹

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/65

どうしようもないな

 元より茜と違って、好き合って決まった婚約ではなかったのだし、贈り物を欲しいと思ったことも一度としてなかった。


(ああ、もしかして罪悪感を覚えてしまったのかしら)


 義務的な婚約者だったとはいえ、姉の婚約者を奪ったとも言えるのだから。


「あのね、茜。私はもう勇一郎様に未練とかはなくて、だから――」

「そんな嘘を吐かないでっ! お姉さまが、元婚約者だった勇一郎さまのことを、まだ想ってるの知ってるから。私のせい……よね。私が勇一郎さまの心を奪ってしまったから……っ、お姉さまは平民の家なんかに嫁ぐ羽目に……!」


 千代は苦笑しつつも、「茜」とそれより先の発言を制した。

 いくら妹でも、一乗を低く見たような発言は聞き逃せなかった。

 すると、コンコンとノックが響き戸が開いた。

 ミツヨかと思っていたら、現れた者の姿を見て、千代は目と口をぱっかりと大きく開いた。


「お、お義父様!?」


 現れたのは、灰色の着流しに黒い羽織を肩にかけた善路だった。

 千代はソファから立ち上がり、慌てて善路に駆け寄る。


「お身体は大丈夫なんですか」


 そっと肩口に手を当て、身体を支えるように寄り添う。しかし、善路の背中は少しも曲がっておらず、支えなど必要ないくらい堂々と立っている。


「ああ、今日は調子が良くてね。以前、ずっと寝てばかりも逆に不調になると医者に言われてな、時にこうして散歩するんだ」

「それなら安心しましたけど……無理はなさらないでくださいね。何かあればすぐに仰ってください」


「ああ」と善路は細めた目で頷いた。


「ところで、そちらのお嬢さんはどうしたのかな。確か、千代さんの妹だったかな。祝言の席で見た覚えがある」

「い、妹の茜です。すみません、お騒がせしてしまって……」


 チラッと茜に視線をやると、彼女もソファから立ち上がって善路に頭を下げていた。


「お邪魔しております、一乗のお義父さま。すみません……私のせいで姉につらい思いばかりさせていると申し訳なくなり、つい……」

「つらい思い?」


 横目で善路が千代に窺うが、千代は首を横に振る。


「お姉さま、ご自分を偽らないで! あんな噂のせいで、勇一郎さまとの婚約が流れてしまったのだから! 悲しくて当然よ!」

「だからその噂は、勇一郎さまが適当に作った――」

「あんな噂? 千代さんは息子と結婚する前に婚約者がいたのか」


 千代の声に被せるようにして、善路が茜に問いかけた。茜はグッと力強く握った拳を胸の前で構え「はい」と、これまた力強く頷く。


「あまり公にはされていませんでしたが、二井子爵家の勇一郎さまです。しかし、その噂で姉の品行には問題があると、勇一郎さまは新たに私と婚約することになりまして」

「そうか、なるほどなるほど」

「その噂というのが、姉は夜な夜な色々な男の人と遊び歩いているというもので……お姉さまに限ってそのような話は信じられませんが……でも、確かに姉だけは本邸ではなく離れで暮らしていましたし……」

「……っ」


 千代は息をのみ、顔を俯けた。


(そんな風に思ってたのね……)


 勇一郎が自分と別れたいが為につくった適当な噂話など、茜は信じていないと思っていた。父は自分の話など聞こうともしなかったが、あの日――婚約破棄の日、唯一自分を心配してくれた茜だけは、自分の言葉のほうを信じてくれていると思っていた、のに……。


 両手を強く握りしめ、ただただ耐えた。

 きっと、善路も茜に言われればそちらを信じるだろう。

 皆可愛い茜のほうが好きなのだ。父も勇一郎も清須川家の女中達も……。


(せっかく、お義父様と心が近づいたと思ったのに……きっとこれからは部屋にすら入れてもらえないわね。それどころか、雪人さんと離縁することになるかも……)


 ズキッと胸の真ん中が痛んだ。


(あ、れ……?)


 痛みからか、ツンとしたものが目にこみ上げてくる。


「まったく、どうしようもないな」


 善路の憤った声が頭上から聞こえた。どのような顔で言っているのか。見るのが怖くて、何を告げられるのか怖くて、顔が上げられなかった。


「お怒りはごもっともです。ですが、姉も色々とありましたから。きっと噂も、多少の夜遊びに尾ひれがついただけ――」

「どうしようもないな、あなたは」

「え?」


 茜の声と千代の心の声が重なった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ