さすが奥様
肩口で切り揃えられた短い毛先が、あちこち自由に跳ねる。短い髪の女性というのは珍しいが、彼女のサッパリとした雰囲気によく似合っていた。
「すみません。あたしってほら学とかないですし、昔っから言葉選びが下手って言われてて……あーえーと、つまりあたしが言いたいのは、雪人様が選んだのが奥様で良かったってことです!」
「え」と千代は目をパチパチと瞬かせた。
そのように言われるとは予想していなかった。
「屋敷に来てた女性は皆、雪人様ってより屋敷の広さとか花瓶とかばっか品定めするように眺めたり、あたし達にアレしろコレしろだの命令したりして良い印象なかったんですっ。そりゃあたし達は女中ですけど、それは一乗家の女中であって、そのよくわかんない女性のための女中じゃないってのに」
腕組みして口先を尖らせ、いかにも『不満です』という格好をするナリに、千代は小さく肩を揺らした。
「でも、奥様はあたし達女中相手に、手伝えることはないかって聞いてくださったり、大旦那様の世話まですすんでされようとするし。あっ、聞いてくださいよ! この間買い物に行ったら、別の家の女中さんと会いまして。そこの家って、なんでも男癖の悪いお姉さんがいたらしいんですよ。あまりのひどさに結婚して出て行ってもらったらしいんですけど、そのお姉さんを迎えた婚家は悲惨ですよね~。良かった、うちは奥様みたいな方が来てくれて」
「あ、ありがとうございます」
なんだかこうまっすぐに言われると、照れくさい。
ふっ、とナリの表情が柔らかくなる。
「それに、奥様が来てからたった数日ですけど、雪人様がいろんな顔をされるようになって……あたし、お二人を見てるのが楽しいんです」
(いろんな顔?)
確かに雪人は顔が整っているため、黙っていると冷たく見えたりするが、喋っていると微笑んだり驚いたりと表情豊かなほうだと思っていたが……。
(もし、私だけが知る雪人さんの表情だったら……嬉しいな)
千代が頬を緩めていると、目の前にナリがやって来て、両手をギュッと握られる。
「だから、大旦那様に負けずに、ずっとお屋敷にいてくださいね。大旦那様の素っ気なさは当然のことなんで気にしないでください」
ああ、彼女はこれを言いたかったに違いない。
「はい、ありがとうございます。ナリさん」
きっと彼女は、連日の善路の態度を知って、元気づけようとしてくれているのだろう。まったく、どちらが可愛いというのか。
「ふふ、ナリさんったら可愛いです」
そう言うとナリは片眉を下げて、目元柔らかくした。
「その丁寧な口調も、あたしにはいらないですよ。女中だし、なんせ同い年ですから」
「あ、そう……ね。ありがとう、ナリさん」
両手を握るナリの手の力がギュッと一度強くなり、そして離れていった。
「それで、今日も薬を届けに行くんですか?」と、再び歩み出すと一緒に尋ねられ「もちろんよ」と答えれば、「さっすが奥様」と言われた。
というわけで、二人して台所に戻り、早速善路の薬を用意した。今日はそれと一緒に、昨日持っていったすりおろし大根蜂蜜もあらかじめ作っていく。
「お義父様、お薬をお持ちしました」
「……また来たか」
今日は体調が良いのか、障子を開けると、善路は布団から起き上がり本を読んでいた。そういえば、雪人が彼は本好きだと言っていた覚えがある。
千代は善路に呆れた声と一緒にため息を吐かれたが、嫌われているわけではないとわかって、昨日よりも心が軽かった。
それに、ナリにも応援されたのだ。頑張らないと。
(とはいっても、お義父様に信用してもらうってどうしたら良いのかしら)
考えながら、いつものように薬包を口に入れた善路に湯飲みを渡す。
(ん~贈り物……っていうのも違うでしょうし……)
などと頭を捻っていると、一際大きな咳が聞こえ我に返る。
「ゴホッ……ゴホッ!」
善路が背中を丸めて苦しそうに咳き込んでいた。
「お義父様っ!」
持っていた湯飲みを引き取り離れた場所に置くと、千代は彼の口元に自分の着物の袖を差し入れた。善路が咳き込むたびに、ピチャピチャと唾が袖を濡らす。
(血は混じっていないようね)
ほっとした。
おそらく、粉薬が喉の奥に入ってしまったのだろう。善路が吐き出したものは、ほぼ薬混じりの白湯だった。
全て吐き出せて落ち着いたのかぜぇぜぇと呼吸を荒くしてはいるが、もう咳が出る気配はない。袂からハンカチを取り出し、善路の口元を拭った。
「大丈夫ですか、お義父様」
「あ……あぁ」
「お薬を全部吐いてしまったみたいなので、もう一度新しいのをもらってきますね」
言うやいなや、千代は盆を手にいったん部屋を後にした。
そして、新しい薬と白湯を手に再び戻ってきた時、千代の入室の声に善路は異を唱えなかった。
千代は、善路が今度はしっかりと薬を飲み終えたのを確認し、「良かったです」と盆を部屋の端に寄せた。
「少し濡れちゃったみたいなので、お布団変えますね」
千代は、押し入れから布団を取り出し、手際よく善路の掛布を交換していく。その間、善路は静かに千代の動きを目で追っていた。
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