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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第二章 一乗家の新妻

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二人の距離

「き、君は嫁いできたばかりで、信用されてないというわけでは――」

「良かったです」

「ん?」


 顔を上げた千代の表情と言葉に、雪人は目を瞬かせた。


「嫌われているのかと思っていましたから、安心しました」


 愁眉を開いた千代は、心の底からほっとしたように表情を柔らかくしていた。


「私は一乗家の嫁ですもの。これからお義父様と一緒に過ごす時間はたくさんありますし、少しずつでもお義父様に信用していただけるよう、私が頑張れば良いだけですから」


 両手で小さな拳を握った千代に対し、一拍置いて雪人の快活な笑いが部屋に響いた。


「君はまったく……」

「あの、な、何か私変なことを言ってしまいましたか……?」


 狼狽える千代を横目に、さらに雪人は腰を曲げて笑いを深くする。


「うん……千代は本当に昔から……」


 目尻に滲んだ涙を拭きながら顔を上げた雪人は、千代の頭に手を置いた。


「頑張れよ」

「は……はい」


 雪人は目尻をきゅっとすぼめると窓際に置かれた机へと向かう。そして、机の引き出しから取り出した本や書類の分厚さを見て、千代は「わっ」とつい声を漏らしてしまった。

 雪人の不思議そうな目が向けられる。


「その……もしかして、家でもお仕事をされているんですか」


 片眉を下げて、雪人が苦笑する。


「英語の資料なんだが、少々翻訳に手間取っていてな。会社よりも家のほうが参考書や辞書は多いから、少しずつ家でやろうと思って……とはいっても、言い回しが独特すぎて中々進まないけどな」


 チラッと千代は雪人の手にした書類に目をやる。そして、机に出された本の表紙を確認すると、千代は「少し待っていてください」と小走りで部屋を出た。

 次に千代が雪人の部屋にやって来た時、彼女の本を抱いていた。


「もしかしたら、こちらの本を使うと翻訳しやすいかもしれません」


 そう言って雪人に持ってきた本を手渡せば、彼は目を丸くして本と千代とを交互に見つめた。千代が渡したのは、一般的な英和辞書ではなく、英国の保険制度について書かれた英語の本だ。


「その書類、おそらくですけど英国の保険について書かれているものですよね。保険についてですとこちらの本が詳しいですし、翻訳しやすくなっていたかと」

「読めるのか!?」


 ガタンッ、と雪人は椅子が揺れるほど動揺を露わにした。瞠目し呆気にとられている。

 千代は勢いよく首と手を横に振った。


「いえっ、全部じゃありません。少しわかる程度で……偶然見覚えのある単語が見えたものですから。本については学生の頃に同じものを昔見たことがあって、偶々です」


「学生……」と呻くように呟くと、雪人は口元を押さえ黙り込んでしまった。


「昔……先生のご厚意で図書室のお仕事の手伝いをさせていただきてまして、それで少し」

「昨日……書斎を覗いたら随分と本が綺麗に並べられていたんだが……もしかして、千代がやってくれたのか?」

「あっ、か、勝手をして申し訳ありません。洋書と和書が混在してましたので、探しやすいようにと少し……ご、ご迷惑なら今後は触りませんので……!」

「いや、そんなことは思っていない。むしろ昨日本を探しに行った時、とても探しやすかったから」

「それでしたら良かったです。大したことではなく申し訳ないですが」


 ほっと、千代は胸をなで下ろした。

 午後は特に時間を持て余す千代は、ミツヨのすすめもあって書斎で読書をして時間を潰すのだが、やはりただ本を読んでいるだけでは後ろめたく、少しでも何か訳に立てればと本棚の整理をすることにしたのだ。


「俺は整理や片付けが苦手だから、千代のこれはとてもすごいと思うよ。できれば、俺にかわってこれからも書斎を管理してくれないか」

「本当ですか! 是非とも!」

「忙しくて、どうしても手が回らなくてね。それに、これからも本探しを手伝ってもらいたいし、君が管理したほうが探しやすいだろうしな……こんな雑用のようなこと頼んで悪いと思うが」

「まったくです! むしろ、嬉しいです……っ」


 自分にも役に立てることがあった。

 本棚の整理など誰にでもできることだと、父には言われたことがあった。それなのに、こんなにも喜んでもらえるだなんて。

 静かに喜びを噛みしめている千代を見て、雪人は目元を和らげた。


「やはり、美しい人は心も美しいんだな」


 千代の顔が跳ね上がった。


「うっ、美し……!?」

「あっ」


 まさか雪人の口からそのような言葉が出て来るとは思わず、千代の顔は耳まで真っ赤だ。そして千代の顔から、雪人は自分がなんと口走ったのか気付いたようで、同じく口角を引きつらせて頬を赤くした。


 いかんともしがたい、むず痒い空気が流れる。



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