図書室で二人
しかも、紹介される女は大抵実家が大きかったり血筋が良かったりと、確かに今後のことを考えると一乗家には必要な者で、微妙に断りづらいときたもんだ。だから、ここ一年は、向こうから寄りたくないと思われるような格好をするようになった。
学校を卒業して一乗の跡取りとして社会に出たら、きっとこういったことは増えるのだろう。今から頭が痛い。
『女なんて嫌いだ』
レオンは苦笑していた。
『あっ、じゃあちょっと忠告しておくけど……この時間、女学生が司書をやってるから邪険にしないでよ』
『は?』
『ああ。安心して。君の周りにいるような女の子じゃないから』
とっても良い子なんだよ、と微笑んで言うレオンに雪人は首を傾げた。
この女学校も、公立だがそれなりの家の令嬢も通う学校だったはずだ。彼女達は労働は恥だと思っているから働かない。それなのに、手伝いだとしても働いていると?
表情から察したのか、レオンは『彼女には色々事情があってね』と、眉宇に悲しみを滲ませた。
『女に興味はないからどうだっていい。それよりレオンが探してくれないのか』
『僕は今から会議があるから』
どうやらしっかりと教諭をしているようだ。
レオンは図書室の前まで雪人を案内し、来た道を引き返していった。
レオンが言ったとおり、図書室の司書台にはひとりの女学生が座っていた。
本を読んでいたようで、こちらの物音に気付いて顔を上げ目を丸くしていた。
女学校に男子大学生がいるのだ、そりゃ驚くだろう。
レオンの知り合いだということ、本を借りに来たことを伝えれば、彼女は『何かあれば声を掛けてください』と言ったのみで、再び読書に集中していた。
確かにレオンの言うとおり、自分の周りの女とは違うのかもしれない。
(いや、こんな姿だからかな)
どちらにしろ干渉されないのは良い。雪人はこれ幸いと本探しに集中した。
しかし、慣れない図書室でひとりで目的の本を探すのは至難だった。
レオンの趣味の多さがあだとなって、洋書の選書に一貫性がないのだ。
経済論の隣に料理の本があったり、かと思えばずらりと娯楽小説が並んでいたりと、実に探しにくい。
しかも、背表紙の文字も英語だから、和書を探すよりも時間がかかっていた。
これでは明日になるなと思っていると、背に『お手伝いしましょうか』と声を掛けられた。
驚いて振り返ると、そこには司書台にいた女学生が立っていた。
大学生というだけで、資産家の子息だということはわかってしまう。
もしかして、そういった下心を持っているのではと、つい警戒してしまった。
『まとめられるほど分野ごとの冊数がなくて……題名順に並べているだけなので探しにくいですよね。どういった洋書を?』
『け、建築書を……コンドルの……』
雪人は、思わず女学生の質問に素直に答えてしまった。彼女の目線や声音から、本当に自分に興味がなく、ただの親切で声を掛けたのだとわかったから。
『ああ、ジョサイア・コンドルですね。でしたら、こちらに……』
本棚を真剣に見つめて探してくれる彼女を見て、恥ずかしくなった。
本はすぐに見つかり、彼女が手渡してくれた。
『君は難なく探していたが、英語が読めるのか』
『すべてわかるわけではありませんが、授業で習いますので少しは。あと、レオン先生が色々と教えてくださって』
彼女は授業で、と言ったが、女学生が学校で習う外国語は最低限のもので、それも教養として一応という程度だ。彼女達の主たる教育は、良妻賢母になるためであり、ましてや外国語に真剣に取り組む女学生などほぼいない。
おそらく、レオンからの他にも独学で学んだのだろう。
(すごいな)
そんな想いが自然とわいた。
女性に対してこのような感情を抱くのは初めてかもしれない。
『他にも……君が面白いと思う本を……教えてくれないか』
口が勝手にそんなことを言っていた。
彼女は嬉しそうに頷くと、本当に色々な本を持ってきて、これはどういったところが良いだとか面白いだとか丁寧に説明してくれた。
彼女が選んでくれた本は本当に面白く、図書室で読みふけってしまい気付けば日が暮れようとしていた。ハッとして図書室を見回せば、司書台にはまだ彼女の姿があった。




