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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第二章 一乗家の新妻

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今日から奥様

『俺も君もまだ若いし健康だ。急いで子供を作る必要もないし、そういったことはお互いの気持ちが重なってはじめてするものだと、俺は思っているんだが』

『は、はい……あのっ、ゆ、雪人様がそのように……お、仰るのなら』


 焦りを見せつつも、彼女の纏う空気が先ほどよりも和らいだ。ほっとした。


『寝室もしばらくは別にしよう。この寝室は君の私室から続きになっているし、気兼ねなく使ってくれ』


 雪人はごろんとベッドに横たわる。


『それでは、雪人様はどちらで……』

『俺個人の寝室が別にあるから心配しなくていい。ただ……』

『ただ?』


 ひとりベッドに横になった自分に対し、どうしていいかわからずオロオロする千代を見て少し嗜虐心が疼いた。


 手を伸ばし、彼女の手を引いた。小さな悲鳴と共に、軽々と自分の腕の中に転がり込む彼女。このまま抱き締めてしまいたかったが、思った以上に彼女の顔がいっぱいいっぱいで、そこは自重した。

 だから、せめてと掴んだ手を強く握りしめる。


『それは明日からだ。今夜はせっかくの初夜だし、これくらいは許してくれるか』


 千代は声も出ないといった様子で、ただコクコクと頷いていた。





「いい匂いだったな……彼女」


 彼女の首筋からふわりと香る石鹸の香り。はじめて、女性に対して良い匂いだと思えた。

 きつい香水の香りでも化粧の香りでもない。顔をうずめたくなるような、清らかで甘い香り。同じ石鹸を使っているはずなのに不思議だ。


「それにしても、昨夜の彼女の様子からして、噂はやはりデマだったようだな。元より信じちゃいなかったが」


 男遊びが激しい女であれば、あんなに石像のように固まりはしまい。それに、背中から抱き締めていた時、触れた部分から彼女の鼓動が伝わってきたが、あの速さは演技でどうにかなるものではない。


 フッと、雪人は堪えきれなかったように笑みを漏らした。

 早鐘を打つというのは、ああいうことを言うのだろう。自分も人のことを言えた義理ではないが。


「さて、俺は信じてないと言ってもこのままだと気分が悪い。臣が色々と多方面に調べていたし、そろそろ何か報告があるかな」


 あふ、と雪人は欠伸を噛み殺した。

 彼女は緊張していたが意外にもすぐにもすやすやと寝息を立てはじめたのだが、結局自分のほうが緊張して眠れなかった。眠ってしまったら、夢うつつで手を出してしまいそうだったというのもある。

 雪人は千代が起こしに来てくれるまで、もうひと寝入りすることを決め込んだ。




        ◆




 千代は、母親にずっと『自由に生きなさい』と言われてきた。

 しかし――。


「自由ってなかなか難しいものなのね」


 ほぅと息を吐きながら、千代は無闇に屋敷の中を歩き回っていた。雪人を見送った後、やることもなく身の置き所に困っているのだ。


 一乗家には三人の女中がいる。

 雪人の父――善路の時代から勤めている年嵩のミツヨと、結婚しているため通いでやって来ている桂子、そして千代と同い年のナリだ。


 今朝、できることはないかと厨房へ行ってみたのだが、顔を見せた途端三人にギョッと驚かれ「奥様は朝食までゆっくりしていてください」と問答無用に、台所を押し出された。 やはり、嫁いできたばかりの者が台所に入るというのは、良くなかったかもしれない。


 それであればと昼食後、掃除を手伝おうとして廊下にいたナリに声を掛けたのだが、やはり「奥様はそのようなこと、なさらなくて良いんですよ」「どうかご自由に過ごされてください」と言われてしまった。


 確かに、間取りも何もわかっていない者が手伝うと言ったとて、邪魔にしかならないだろう。しかし、大人しく部屋でじっとしてもいられず、こうして屋敷を散策しているのだ。


「えっと、あっちが台所で隣が食堂、それに玄関の奥が応接室……だったかしら」


 私的な部屋は二階にまとめられ、善路がいるのも隣の和館のため、一階の散策は気兼ねなく行えた。


「これが最後の部屋ね。ここは何かしら?」


 念のため扉を叩き反応がないのを確認して、扉を開けた。

 部屋の中を見て、「わあっ」と感嘆の吐息が漏れる。




面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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