そして……
先に風呂に入り寝間着を着て待っているのだが、女中に案内された寝室は洋室で、さらに中にあった寝具がはじめて見る『ベッド』というものだった。はじめて尽くしの中で落ち着かずに、千代はベッドの上で正座して、置物のように固まっていることしかできなかった。
「外側もすごいけど、内側もとっても凝った造りなのね」
柔らかな紺色の絨毯敷きに、淡色で描かれた花柄の壁紙、たっぷりとひだの入ったカーテンに、蜜が掛かったようにツヤツヤとした背の高い箪笥。
これから自分はここで暮らすのだと思っても、あまりにも今までの生活と違いすぎて、実感はわかなかった。
清須川家では、千代が住んでいたのは本邸の脇に建てられた、小さな離れだった。母が肺を患った時、『労咳』と思った父が、母を隔離するために作った場所だ。結局は労咳ではなくただの肺病だったのだが。
しかし、母が本邸に戻されることはなかった。
それ以来、離れ母の部屋となり、その後はつきっきりで看病していた千代の部屋となった。一軒屋と言えば聞こえは良いが、女中部屋みたいなものだ。狭く、必要最低限の家具しか置かれておらず、掃除も配膳も自分でやらなければならなかった。
そして、千代の部屋は茜のものになっていた。
だが、千代は離れ暮らしをそう悲観していなかった。むしろ、誰の目もなくひとりで過ごせる時間があるほうが楽だった。
「本を読んでいても咎められなかったし……あ、そうだわ。この家に何か本はあるかしら? 貸してもらえるようお願いできるかしら」
と呟いたところで、部屋のドアがコンコンと叩かれた。
千代の背筋が、弦が切れた弓のようにビンッと反る。
「はい」と返事する声が裏返ってしまった。
ドアがゆっくりと開き、雪人が入ってくる。
結納や祝言の時は綺麗に整えられていた黒髪はしっとりと湿り、毛先は無造作に跳ねている。湯で温まったのか頬がほんのりと上気しており妙に色っぽく、千代は顔を勢いよく逸らした。
ゆっくりと足音が近付いてくる。
ベッドがギッと軋むと一緒に揺れた。
心臓が耳の奥にでもあるかのように、自分の鼓動がうるさかった。
「お待たせ、千代さん」
耳元で聞こえた雪人の艶声に、千代はギュッと目を閉じて、これから行われるであろう初めて経験を想像して、身を固くしたのだった。
一章読んでくださりありがとうございます
この先も楽しみにしてる、応援してるなど思ってくださったら
★を入れていただけるととても嬉しいです!
この先もどうぞお楽しみください




