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一乗家のかわいい花嫁〜ご実家の皆様、私は家族ではないんですよね?〜  作者: 巻村 螢
第一章 間違った結婚

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祝言と初夜と

 祝言は、洋館の奥、続きで作られた和館で執り行われていた。

 既に三三九度と親族固めの盃も終わり、今はささやかな宴となっている。


 雪人の父親と父が、盃片手にぽつぽつと会話していた。

 自分の義父になる善路と、千代は今日はじめてまみえたわけだが、第一印象は闊達な老紳士だった。病に伏せっていると聞いていたが、背筋はピンと伸び、歩みも実に堂々としておりとても病人には見えなかった。

 しかし、こうして様子を窺っていると時折咳き込むことがあり、肺を患っているのかもしれない。


「料理が口に合いませんか。食べられないものがあるのなら、別の料理に変えさせますが」


 不意に隣から雪人に話しかけられ、千代は慌てて「大丈夫です」と首を横に振る。それでも心配そうに顔を覗き込んでくる雪人に、千代は証明するかのように急いで食事に手をつけ、そして『ね、大丈夫でしょう』とばかりの視線を、雪人に向けた。


 次の瞬間、心臓が止まるかと思った。

 彼から返ってきたのは、眉が垂れ下がり、口角が優しげに上がった柔らかな笑み。思わず、食べていた煮豆の咀嚼もそこそこに、ゴクンと飲み込んでしまった。


(この笑みは、ど、どういう風に受け取ればいいのかしら……)


 千代の心は戸惑いでいっぱいだった。

 なぜ、新郎の笑顔に戸惑わなければいけないのか……それは、一乗家に到着した時、茜に耳打ちされた言葉が原因だった。





 屋敷の立派さに、千代がしばらく呆気にとられていた時のこと。

 突然茜に『お姉さま、知ってる?』と肩を叩かれた。


『どうしたの、茜』

『私、お姉さまの幸せを壊しちゃいけないって、ずっと黙ってたんだけど……。女学校の友達にお姉さまの結婚のことを話したら、彼女のお兄さまが東京で雪人さんと同じ学校に通っていたようで、色々聞いちゃったんです』


 茜は眉をひそめていた。


『……色々?』

『そう。たとえば、雪人さんって確かに学校でも優秀だったんだけど、人付き合いに難があるらしくって。ひとりでいるのを好んでいて、特に女の人に対する態度がひどいみたい。お家のこともあるし、幾人かの女性と付き合っていたこともあるみたいだけど、どれも気前が良いのは最初だけで、その後は釣った魚に餌をやらないとか』

『そ、そう……』


 そういえば、近頃の自由恋愛も結構流行っているんだったか。学生時代からそのような色事とはとんと無縁だった身としては、そう言われてもあまり想像できないが。


『でねっ! そのことで女のほうが何か少しでも文句を言うと、今まで買ってもらったもの全部奪われてそこで終わりだって。だから、お姉さまも気を付けてね! 雪人さんの機嫌を損ねないように、なるべく関わらないほうがいいよ。どうせこの結婚も、雪人さんにとっちゃ家のための契約結婚だろうしね』


 相変わらず痛いところを無邪気についてくる妹だなと、「そうね」と千代は苦笑を返したのだった。


(茜の話をすべて信じたわけじゃないけど……やっぱり、これも魚を釣るための笑みなのかしら)


 やはり、花嫁の親族がいる前だからだろうか。であれば、これからどんどんと彼は冷たくなっていくということか。


(でも、元から愛だの恋だのっていう結婚じゃないってわかってたし、そんなに不安はないというか……きっと、機嫌を損ねるほど関わることもないでしょうし)


 当初から看病人目当ての結婚という話だったため、元より結婚に恋愛などの色事は期待していなかった。

 それは、相手が雪人になっても同じだ。むしろ、歳が近くなった分、よくある普通の契約結婚になった気がする。


 彼も、自分とというよりも清須川家と結婚したかったのだろう。横濱に来たばかりならば、清須川家が持つ人脈は魅力的なはずだ。

 千代は、ふぅと密かに息を吐き、あれやこれやと考えてしまった余計な思いを追い出し、目の前の膳に集中した。


(うん、美味しいっ)


 千代は丁寧に作られたひとつひとつの美味しい料理を、大切に食べ進めた。

 その横顔を、雪人がチラチラと見ていたことも知らずに。




        ◆




 そして、つつがなく祝言を終えることができたのだが……。


(こ……っ、こんなに緊張するものだなんて思わなかったわ)


 千代の本日最後の役目は、初夜――夜伽である。



面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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