最終話 貴重な経験を糧に
最終話を読みに来てくださりありがとうございます。
あれか一年と二ヵ月ほど経った。真二と明里さんが消え、僕と彩香さんが一つの人格に戻ってから一年以上が経過している。僕たちはもうすぐ高校を卒業する。
高校三年生になって、受験勉強が忙しくなったのもあり、僕と彩香さんは次第に言葉を交わす頻度が減っていった。僕も忙しかったが、彩香さんも物凄く忙しそうにしていた。お互いとても、話しかけられる雰囲気ではなくなった。
そして受験が終わり今日、久しぶりに彩香さんと喫茶店で待ち合わせをして、ゆっくり話が出来る。ここの喫茶店に来るのも随分と久しぶりだ。最後に来たのはもういつだったかも覚えていない。まだ明里さんと彩香さんが一つに戻る前だったことだけは覚えている。
懐かしいな。よくここで、明里さんと秘密の対談をしてたっけな。正直、これまで思い出に浸っている余裕もなかったから、久しぶりに明里さんのことを考えられている。明里さんとの出会い、教室での何気ない会話、テストの点数で勝負したり、ミニ旅行に行ったり、クリスマス前に行った遊園地、初詣デート、そして別れ。思い出そうとするときりがないくらい沢山の思い出がある。どれも僕の大切な思い出だ。あのとき彩香さんを選んだことに後悔は全くない。けれどもし、明里さんを選んでいたら更に思い出は増えていたのだろうか。それとも明里さんは僕に失望して、口も聞いてくれなくなったかな。でも、明里さんは優しいから許してくれたと思う。
「わっ!」
「うわ、びっくりした!」
突然僕の目の前に彩香さんが現れる。
「急に出てこないでよ、びっくりする」
「急にじゃないわよ、私は普通に近づいていたけど英一さんが考え事しいてたから気づいてなかっただけよ。一体何を考えていたの?」
「ちょっと、明里さんのことを、ね」
「ふーん、まだ未練があったんだ」
彩香さんは少し悲しい表情を浮かべて残念そうに言う。
「そうじゃないよ、ずっと勉強尽くしで考えてる余裕もなかったから、久しぶりにこの喫茶店に来て、明里さんのことを思い出しただけ」
「そういえば医学部に入ったんだっけ? 現役合格だなんて凄いじゃない」
「うーん、結構頑張ったかな。どうしても医者になりたい理由が見つかったからね」
そういう彩香さんはかなりの難関大学を余裕で合格したらしい。結局数学は一度もテストで勝てなかったくらい異次元の成績を出していたから当然と言えば当然なのかもしれない。でもきっと将来立派な数学者になるんだろうな。
それから彩香さんといろいろな話をした。彩香さんの母親は春に再婚するらしい。そのことについて彩香さんは嬉しそうに話していた。二重人格が終わって、彩香さん一人に戻り、父親は変われど、また家族三人で暮らせることが物凄く嬉しいのだろう。人格が分かれる直前に彩香さんが願った『もとの生活に戻りたい』に一歩近づくのだから僕としても嬉しい。
その後これまで話す機会がなかった、僕の両親のことも話した。本当は僕も死ぬはずだったことを話したら、彩香さんは心底驚いていた。父さんが必死に応急処置してくれて助かった命だから、この命をまた、別の誰かの命を救うために使いたい。そう思って医者を目指すことにしたことも一緒に話した。
久しぶりにいろいろな話をしたらあっという間に時間が過ぎて行った。気付けば外も暗くなっていてそろそろ帰ろうかと言おうとしたとき、彩香さんが口を開く。
「念のため、聞いておきたいことがあるの」
さっきまで笑いながら話をしていたときと違って、真剣な顔をしている。これはまじめな話だ。一瞬で理解した僕は、彩香さんの方に向き直り、しっかりと耳を傾ける。
「英一さんは明里のことが、私は真二が好きだった。二人とも消える間際に新しい恋人を作って幸せになって欲しいとも言っている」
「うん、真二の方は知らないけど明里さんにはそう言われた」
「お互い好きだった方は消えてしまったけど、残った方だって佐々岡、富永には変わりない。そこで質問。私たちは付き合ったりする?」
「いや、やめておこう」
僕は迷いもせずに即答した。
「僕は彩香さんのことは好きだよ。でもこれは恋愛感情ではなくて人として、友達として好きだって話。本当に恋愛感情で好きならともかく、そうでもないのにとりあえず付き合ってみるなんてことしたらきっと真二にも明里さんにも怒られる。お互い本気で恋をしたからこそ、そういうことをしてはいけないと思うんだ」
「同じ考えで安心したわ」
彩香さんが僅かに微笑みながらそう言う。
うん、それがいい。彩香さんとは友人のままでいたい。そして今日みたいにたまに集まっては真二や明里さんの話をして、盛り上がる。それが一番の理想だ。
数日後、僕は高校を卒業した。彩香さんや、信也、九条さんとはもちろんのこと、クラスメイトとも、最後のひと時を堪能した。中には泣いている人もいたが、そこまで悲観的になることはない。いつかまた、会えるさ。それは同窓会かもしれないし、ある日道端でばったりなんてこともあるかもしれない。この身に魂が宿っている限り、永遠の別れにはならないさ。真二や明里さんですらも出てこないだけで、僕らの中にいるんだから。
帰りは最後に彩香さんと一緒に帰ることになった。途中、僕と彩香さんが出会ったあの桜の木の前で立ち止まる。まだ、時期が早いので咲いてはいなかったけど、満開だった頃の記憶が鮮明に思い出される。
「ここで、僕が声をかけた時、彩香さん逃げてしまったんだったっけ」
「そうね、あの頃に比べたら格段にコミュニケーションが取れるようになったわ。これも英一さんと真二のおかげね」
彩香さんは感謝していると言いたいかのようにそう言う。
「それは違うさ、全て彩香さんが頑張った結果だよ」
思えば、ここで偶然二重人格だった僕が、偶然二重人格の彩香さんと出会ったことによって、大きく未来が変わってしまった気がする。あのときあそこで出会えたことによって、僕たちはお互いに二重人格と向き合って、前を向く努力が出来た。あのとき僕と彩香さんが出会わなかったら、恐らくお互いにまだ一人に戻れていなかっただろう。偶然に偶然が重なった結果に見えるけど、きっと僕たちにとってはお互いの二重人格を終わらせるための必然的な出会いだったのだ。
きっとこれからも必然的な出来事は沢山起こる。それが全て良い方の出来事とは限らない。悪いことだって起きるだろう。そうなったときこそ前を向くこと、決して嫌なことから逃げないこと、そうすることで道は開けると僕らはこの経験を糧に胸を張って言い切れる。
『私の中に私たちはいる』を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
書き始めたころ、とりあえず10万字を目標にしたいなとは考えていましたが、本当にそこまで書けるとは思ってもいませんでした。絶対途中でやる気がなくなって辞めると思っていました。
途中執筆が進まなくなって、書くのが辛くなってきた時期もありましたが、それでも、毎日読んでくれている方がいることは知っていたので、その人たちの為にも絶対やめるわけにいかないという強い思いで最後まで書ききることが出来ました。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。
今後のことはもう既に決まってありますが、ここで書くと長くなってしまうので活動報告の方に書かせていただくので、よければそちらをご覧ください。
最後になりますが、良ければ感想をお聞かせください。直した方がいいところなどがあれば、次に連載小説を執筆する際、参考にさせていただきます。
本当にありがとうございました、また次回作でお会いしましょう!




