第66話 最後のひと時1
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「僕は、彩香さんを選ぼうと思う」
「……」
物凄く気まずい。沈黙がここまで重く感じたのはこれが初めてだ。出来ることならこの場からすぐに逃げ出したいくらいだ……。
けど、今逃げたら恐らく二度と明里さんと話す機会はないだろう。だからここで逃げるわけにはいかない。ちゃんと話して、明里さんに納得してもらわなくちゃ。
しかし、予想外に明里さんは悲しむことも怒ることもせずに、こちらを見て微笑んでいた。
「ありがとう」
そしてゆっくりとそう言った。
「どうして……。僕は明里さんを選ばなかったのに」
目頭が熱くなるのが分かる。明里さんの代わりに僕が泣きそうだ。
「どうしてって、英一君が一週間もの間必死に考えて出した結論でしょ? 結果がどうであれ、お礼を言うのは当然だと思うの」
間髪を入れず、さらに明里さんは続ける。
「それにね、前に彩香が言ったけど、どんな理由でどちらを選ぼうと、文句なんてないの。だって、私たち自身で決められないことを代わりに英一君が選んでくれたんだから」
「うん、ごめん」
僕は奥歯を噛み締める。もう、なんと答えたらいいの分からない。
「謝らないで、顔を上げて。最後くらい、英一君の笑顔を見せて欲しいな。きっとこれが、私たちが会話できる最後の機会だから」
明里さんは目に涙をためながらそう言った。それでも明里さんは無理して笑顔を作ってくれている。僕だってそれに応えないと。
僕は涙を必死にこらえ、目を真っ赤に染めながらも、なんとか笑顔を作り、明里さんの方を向く。
「ありがとね、英一君。英一君が親身になって私たちを支えてくれたから、私も彩香も、前を向くことが出来た。英一君が、私たちを変えてくれたの。だから、本当にありがとう。感謝してもしきれない」
僕が何も言えずにいると、明里さんがまた口を開く。
「あ、そうだ。よければ少しだけでもいいから真二君と話させてくれないかしら?」
「……やってみる」
普段僕の意志では入れ替わることは出来ないけど、僕の記憶を共有している真二なら、今の状況が分かっているはずだからきっと出てきてくれ……。
考え終わる前に入れ替わる。
「……本当にそれでいいのか? だってお前英一のこと」
英一と代るや否や、俺はそう言おうとしたが、言い終わる前に、明里はかぶりを振りながら回答する。
「いいの、英一君が決めたことだから」
「……わかった。でもせめて、残りの時間は英一と過ごしてやってくれ」
明里は何も発せずにただ静かに頷く。
「じゃあ、代るぞ」
「真二君」
代ろうとした瞬間呼び止められる。
「ん?」
「ありがとうね。私自身のことも、それと彩香のことも。本当に感謝している。それだけは、直接言いたかったの」
俺を出さずとも、英一に言えば自然に俺にも入って来るのに、きっとそれくらい感謝していたんだな。英一をサポートするためだけの人格だと思っていたが、結果として他人のためになることも出来るとは思っていなかった。
「おう、俺ももうじき消えると思うから、もし二重人格の天国みたいなところがあれば、またそこでゆっくり話そうぜ」
笑顔でそう言って、再び英一と入れ替わる。明里は何も言わず、苦笑いを浮かべながらこちらを見ていた。『そんなところあるはずないでしょ』と言っているように見えた。
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