第51話 現実
第51話を読みに来ていただきありがとうございます。
次の日も僕は授業終わりに彼女たちの病室にやってきている。
今日は花見のときに明里さんが作ってくれたお弁当の空箱を返しに来た。あんなことがあったから花見は出来なかったけど、明里さんが気持ちを込めて作ってくれていたことは知っていたので、無下には出来ない。だから責任をもって全て食べた。流石に一日で完食できる量ではなかったけど、腐りやすそうな食材を使っているものから優先的に食べて、他を後回しにした。正直あの量を一日で食べきるつもりで作ったのか聞いてみたい。そんなことを考えながら毎日食べていたら丁度昨日の夜に食べ終わった。あの大きい風呂敷の中身は五段重ねの重箱で、どこで知ったのかは分からないけど、その中に入っていたものは僕の好物ばかりだった。
「これ、この前の花見の時に明里さんが作ってくれたお弁当。全部食べたから返すよ。一応重箱も洗ってあるから」
「……」
今日も返答はない。しかし構わず僕は続ける。
「凄くおいしかったよ。わざわざ僕のために朝早くから起きて作ってくれてありがとね。明里さんの僕に食べて欲しいという気持ちが凄く伝わってきたよ」
言いたいこととやることが終わり、今日も帰ろうかと思ったところで、少し明里さんに変化が見られた。気付くのに少し遅れたが、明里さんは声こそ発していなかったものの焦点の合っていない目から大粒の涙がこぼれおちていた。
表情は一切変わることがなかったので傍から見ると機械的な涙にも見える。しかしそうではなく感情の起伏から来ている涙だということを僕は直感で理解した。
彼女も今必死に抗っているのだ。別に僕のことを無視してやろうとかそういうのではない。ただ、相手をしている余裕がないだけだ。今は自分の身に起こったことを受け入れる準備をするだけで手一杯なのだろう。
「焦らなくていいからね」
僕はそれだけ言い残して病室をあとにした。
結局明里さんたちがある程度話せるように戻るまで一週間近くかかった。僕はその間、毎日彼女たちの病室へ通い、慰め続けた結果少しずつだけど喋るようになってきた。
とは言ってもまだ以前の明里さん彩香さんのことを考えるとそれとは程遠いけど、少しずつ前進していくしかない。
「ほらみて、今日コンビニに寄ったら新発売のパンが売られてたよ。食べてみる?」
「うん」
彩香さんはパンを受け取り、ゆっくりと食べている。
この一週間、病室に通い続けて気付いたことが一つある。それは病室に来る日によって明里さん、彩香さんどちらが出ているかは毎日違っていた。恐らく、今意識的に入れ替わっているとは思えないからすべてが不自然な入れ替わりなのだろう。こうしている間にも二人の二重人格に終わりが近付いていることを嫌でも思い知らされる。
「おいしい……」
彩香さんはパンを食べながら僅かに微笑み、そう言った。
その後何も喋らず黙々とパンを頬張っている。こういう状況でこんな感情を抱くのは不謹慎だが少し可愛いなと思ってしまった。
「ごめんね」
彩香さんがパンを食べ終わり、少し経って明里さんに入れ替わったあとそう言った。
「急にどうしたの?」
「毎日来てくれてるのに、なかなか話せなくて。まだ、思い出そうとしただけで頭がおかしくなってしまいそうなの……」
「当たり前だよ。もともと忘れた方が都合良いから消した記憶だったんだし。僕や周りに気を遣って、急いで受け入れようとしなくていいよ。焦らずに、ゆっくりと向き合っていけばいい。言いたくなければ誰にも話す必要はない。ゆっくり、少しずつ頑張っていこ?」
「うん……」
明里さんは申し訳なさそうに俯いてそう言う。
僕はそんな彼女を見て、慰める意味も込めて、頭を撫でてあげた。明里さんは少し驚いた表情を浮かべていたけど、その後僅かに微笑んでいたような気がした。
それから少し経って、明里さんたちはようやく退院の許可がでたらしい。まだあのことについては何も話せられないようだ。しかし日常を過ごすにおいてはもうほとんど問題ないところまで回復したと判断されたらしい。結局明里さんたちが退院したのは救急車で運ばれてから約一ヵ月経った、五月の半ばだった。
第51話を読んでくださりありがとうございました。




