第49話 動き出した時間
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「英一くん! 明里が倒れたってどういうこと!」
あれから間もなく救急車がやってきて、事情を話し、病院へ搬送された。僕はそのあと、明里さんのお母さんに電話をかけて彼女のことを伝え、すぐに来てもらうよう連絡を入れた。この前、たまたま病院で話をしたときに連絡先を交換していたのだ。あのときは別にいらないだろって思ったけど、まさか必要になるときが来るとは思わなかった。
明里さんのお母さんは今日日曜日で仕事がなかったのか、かなりラフな格好をしている。しかし、着替えないで来たあたり、いかに焦っていたのかがよくわかる。今でも彼女は酷く慌てており僕の胸倉をつかむ勢いで状況説明を求めてきている。
僕は落ち着いて状況を順番に説明した。明里さんと遊んでいるときに近くで交通事故が起きたこと。その事故を見て明里さんが苦しみ始めたこと。恐らくそれをきっかけにして、明里さんのお父さんの事故を思い出して、記憶がフラッシュバックしたんじゃないかということ。そして、それから救急車で搬送されたこと。今は鎮静剤で落ち着いて眠っていること。今の状況を説明したいが、プライベートなことなので僕には説明できないから肉親を呼んで欲しいと医者に言われたこと。
そこまで話し終わった頃には多少明里さんのお母さんも落ち着きを取り戻していた。
「そ、そうだったのね、ありがとう。娘をここまで運んできてくれて」
「いえ、僕にはこれくらいしか出来ませんから」
明里さんは今は落ち着き、何事もなかったかのように眠っている。けど、目覚めてからが大変だ。彼女は今から、父の事故のことと向き合い、そして自分自身のこととも向き合わなくてはならない。恐らく、父親の事故のことを思い出したならその前後の抜けていた記憶も思い出しているだろう。つまり、明里さんと彩香さんがどのように誕生したのか、もともとはどちらが主人格だったのかも全てはっきりするだろう。
それだけではない。精神的に耐えられなくなったから消したであろう記憶をたまたまとはいえ、急に思い出してしまったんだ。果たして彼女たちの精神は耐えられるだろうか。僕はそのことが心配でたまらない。
父親の事故を思い出したことで、一気に止まっていた時間が動き出した気がする。
これは思っていたよりもずっと早く、彼女たちの二重人格に終わりが来ることを意味しているかもしれない。
それから僕は、明里さんが目を覚ますのを待ったが、結局僕がいる間に目を覚ますことはなかった。遅くなると家族が心配するからと、目を覚ましたらすぐ連絡するからと明里さんのお母さんに言われ、仕方なくこの日は病院をあとにした。
明里さんが目覚めたのは結局次の日の午後だった。平日だったので学校へ行き、休み時間にスマホを確認すると、明里さんの母から目覚めたとメールが来ていた。幸い、今のところ、彩香さんは取り乱す素振りはないようで僕はホッと息をつく。それともう一つ、目覚めた時に出ていたのは明里さんではなく彩香さんだったらしい。
正直、授業をサボってすぐにでも、彼女たちのお見舞いに行きたかった。今朝も学校をさぼって行こうかと考えたけど、僕がお見舞いに行ったところで出来ることなんて何一つないからやめにした。僕に出来ることは、せいぜいしっかり授業を聞いて、その授業内容を教えてあげるくらいしかない。でも、当然明里さんたちのことが気になって、授業に集中できるはずがなかった。それならもうサボって病院へ行けばよかったと、少し後悔した。
第49話を読んでいただきありがとうございました。




