第44話 思い出せない過去の記憶
第44話を読みに来ていただきありがとうございます。
「ごめんね、こんなところで入れ替わっちゃって」
「いや、僕は全然構わないけど」
明里さんと会ってからまだ三十分ほどで不自然な入れ替わり。たしかに、こんなにすぐ入れ替わりが起きるなら、もう公表するしかないかもと僕はそのとき思った。
「それでさっき明里にしてた質問だけど、経験上ほぼ、間違いないそうよ。だから、それまでに誰が二重人格なのか知る必要がある。わからないならどちらが残るかは運ね」
そう言って彩香さんは苦笑いを浮かべる。
「ちなみに、どちらが主人格なのかはこの前の検査で何か分かったの?」
「残念ながら、そっちの件は進展なしよ。やっぱり欠けている記憶を思い出さない限り、そっちはわからないかもね」
彩香さんは顔を曇らせながらそう答える。
「何か心当たりとかないの?」
僕はその『何か』を知ってはいるけど、自分から言うわけにはいかない。
恐らく、彩香さんも明里さんも、そのことについてはずっと考えてるだろう。それでも思い出せない。記憶喪失なんて、そんなものだし、彼女たちに関しては思い出してはいけないから、無意識に消した記憶なんだから、そう簡単ではないだろう。下手すると僕がそのことを彼女たちに教えても思い出せない可能性だってある。
「実はひとつだけ、心当たりがあるの」
「え? あるの?」
あるんだ。それが彼女たちの父のことかはわからない。でももし父のことに心当たりがあったとして、そこまで違和感を覚えていて思い出せないのなら、もしかすると本当に決して思い出してはいけない、頑丈に鍵をかけられた記憶なのかもしれない。
「実はね、私お父さんの記憶がほとんどないの。お母さんには私が小さい頃に浮気を理由に離婚したからだって言われている。でももしかしたら、それは私に嘘をついているだけで、本当は私の記憶喪失に直接関わっているんじゃないかって思うの」
凄い、大当たりだ。それにしても、今の彩香さんの発言で一つ疑問に思ったことがある。
彩香さんたちの父親が起こした事故の前後の記憶を消したとして、消した範囲はそこまで長くないと彼女たちの母からは聞いていた。だとすれば、彼女たちにも多少、父親の記憶があるだろうし、それがあったなら、幼い頃に離婚した、という嘘もすぐばれてしまうけど、これはどういうことなんだろう。
「えっと、彩香さん達のお父さんの記憶は全然ないの?」
「ええ、残念ながら一つも残っていないの。さっきも言ったけど、記憶がないのは幼い頃に離婚したからだって言われてる。けれど私の思い出せない重大な何かと関わっているから、その前後の記憶だけではなくて、父の記憶は全て消されているって考えたら筋が通らない?」
凄いな、確かにそれなら筋が通っている。これが女の勘ってやつなのだろうか。さっきから彩香さんの推測は全部当たっている。
でも、逆に言えば、そこまで推測出来ているのに未だ、思い出せないんだ。ここまで分かっていて思い出せないならもしかしたら、もう思い出せないのかもしれない。そのとき僕はなんとなくそう思った。
「でもさ、もしその仮説が正しいとして、それがきっかけで何か思い出せたりしないの?」
「うん、そうなのよ。私の予想はたぶん当たっていると思うのに、それでもなお、何も思い出せないのよね~」
彩香さんは不満そうに机に突っ伏してそう答える。
「そこまで分かっているのに何で思い出せないんだろう~……。そんなに私にとって都合の悪い記憶なのかな……」
これだけのことがわかっていて思い出せないなら、もう思い出してはいけない記憶なんだろう。だとしたら、ますます僕の口から話すわけにはいかなくなった。彼女たちには申し訳ないが、自分たちで思い出せないようなら諦めてもらうしかない。
でもそうなると、記憶を思い出せないまま二人の人格が一つに戻る可能性が高くなるということなのか。
「もし、もしもだよ。このまま記憶が戻らなくて、一人に統一するときがきたら、どうなるの?」
「それも、まだわかっていないわ。副人格が主人格を乗っ取ったりしない限り、普通は副人格が消えて主人格が残ることが多いらしいわ。けれど誰が主人格かわかっていない私たちはどうなるのかしらね……」
それからもしばらく、彩香さんと話し合ったが、特に有益な情報は得られなかった。
結局、最初に僕が予想していた通り、記憶が蘇らないことには前に進めない。しかしその記憶を思い出すのはほぼ不可能。あれ? これって詰んでるんじゃ……。
第44話を読んでいただきありがとうございました。




