第34話 二重人格のきっかけ
第34話を読みにきていただきありがとうございます。
数分の沈黙がおとずれた。部屋は個室で僕たち以外には誰もおらず、この世界から音がなくなったのかというほど病室は静寂に包まれている。
「佐々岡君はあの子たちのことをもっと知っておきたい?」
先に沈黙を破ったのは彼女たちの母親の方だった。
僕が「どういう意味ですか?」と聞くと、「そのままの意味よ」と返された。
「まあ、二重人格のことをもう知ってしまいましたし、ここまで来たら知っておきたいですけど」
「今から話す内容をあの子たちに言わないって約束できるかしら?」
彼女たちの母親の表情が強張っているのがわかる。
「出来ますけど、なぜ言ってはいけないのですか?」
「それは今から私の話を聞けばわかるわ」
彼女たちの母親はそれ以上のことは教えてくれず、そのまま本題へと入った。
「もうあの子たちから聞いていると思うけど、あの子はどの人格が主人格なのかわかっていないの」
「はい、それは彼女たちから聞きました。二重人格と診断された時、たまたま彩香さんだっただけで、彩香さんが主人格かどうかはわからないって」
昨日一日かけて、散々頭を整理してきたからそのあたりはしっかり覚えている。
「その通り。じゃあ、誰が主人格なのか気にならない?」
僕はその発言に思わず息を呑む。
「まさか、どちらが主人格なのか知っているんですか?」
僕は椅子から勢いよく立ち上がって大きめの声でそう言っていた。
「落ち着いて、残念ながらそれは知らないわ。私どころか担当してくださっているお医者様も分かっていない」
なんだ、と僕は肩をがっくり落としそのまま椅子に着席する。
「でも、ヒントは与えられるかもしれない。佐々岡君はあの子たちからいろいろ事情を聞いているだろうから、もしかしたら何かのヒントになるかもしれない」
「ヒントですか……。正直医者でもわからないことが僕にわかるとは思えませんが……」
これは正直な意見だ。たまたま僕も二重人格だったから詳しいだけで専門家ではない。何を聞かされるのかは知らないけど期待されても困る。
「いや、別に佐々岡君に主人格を当ててください、と頼んでいる訳じゃないからそこは心配しないで。ただ、あの子たちのことを色々知りたいのなら頭に入れておいた方がいい情報だから。その上であわよくば何かのヒントになればって思っているだけよ」
今ならまで引き返せるけどどうする? と聞かれたがここまで来て、はいそうですかと引き下がれるわけがない。僕は聞かせてくださいとお願いする。
「ありがとう。佐々岡君はあの子たちが二重人格になるきっかけは何が原因か聞いてる?」
「はい、確か友達が欲しくて無理やり作った人格が明里さんだった……ん?」
いや、違う。確かに最初はそう聞いていた。でもそれは彩香さんが主人格だということが前提の話。もし明里さんが主人格だったのなら、そもそもその出来事がきっかけになることはあり得ない。思い出すんだ、確か僕はつい最近そのことについて教えてもらったはず。
僕は少しの時間黙ってひたすら考える。
「そっか、僕はそのきっかけを知りません」
そうだ、僕はそもそも教えてもらっていない。というよりも彼女自身もわかっていない様子だった。
あのとき彩香さんからは『何か大きな問題があった』としか聞かされていないのだった。
「きっかけはそれではなくて明里さん、彩香さん自身も知らない『何か大きな問題』が原因なんじゃないかと僕は考えています」
「驚いたわ、まさかそっちが出てくるなんて思いもしなかった」
彼女たちの母親は目を見開いてそう言った。
「結論から言うわ。その大きな問題とは父親との死別よ」
「えっ……」
これは初めて知った情報だ。そういえばこれまで二度お見舞いに来ているが彼女たちの父親の姿は一度も見ていない。普通に仕事だからかと思っていたけど、そういうことだったのか。それに、明里さん彩香さんからも母親の話はたまにちらほら出ていたが父親の話は一度も出てきたことがない。
でも、それはよくよく考えたら変じゃないか?
僕ですら両親が亡くなった前後の記憶は真二が消したからないけど、そのまま両親が亡くなったことを知らなかったとしても祖母と二人で暮らしている時点で僕の両親はどうしたのかそのうち必ず不自然に思うことだろう。だから、記憶を消した後に、両親が亡くなった事実だけは教えてもらったので知っている。
しかし、明里さんたちの場合はどうだろう。仮に父親との記憶を消していたとして、母親との二人暮らしなことに疑問を抱いたりしなかったのだろうか。
だとすれば、そもそも亡くなったことすら知らされていない?
そのときの記憶をショックで失ったとしたら、父親は生きているけど今は別居しているとでも言っておけば一応は誤魔化せる。
第34話を読んでいただきありがとうございました。
ここから、徐々に富永さんのことが分かり始めます。




