022 ひしょひしょ
この世界にも季節があって、今はいわゆる夏。
王都と呼ばれている街にあるレオンドール侯爵家はクソ熱い夏でも屋敷の中はどこも涼しい。
エアコンの魔道具を作ったので。
いつも以上に魔石を消費するけど、それでも侯爵家の資産からすると誤差なような物。
省エネ設計のエアコンにしたしね。
私が原石から加工した魔石じゃないと省エネにはならないけど、半年は持つくらい加工しまくったから問題なーし!
「ファルがこの家に来てから夏も冬も快適すぎるくらい快適に過ごせるから忘れていたけど、そろそろ実家にも顔を出さないとマズイかな」
「レオンドール伯爵領、か」
エリオットの言葉にちょっとだけ困った顔で呟くアレンジーク。
「伯爵?」
エリオットは侯爵じゃないの?アレンジークが伯爵でしょ?
「あぁ、実家がね、伯爵家なんだ。長男の予備で家督を継げない次男だったんだけど、運よく侯爵にまで成り上がれてね。アレンジークも成り上がりで伯爵の地位にまでなったんだよ。実家は子爵家、彼はそこの4男」
マジか! うちの両親すげー!
近衛騎士団団長や王国騎士団総長と言う立場的に長く王都から離れられないために領地を持っていないけど、どちらかが引退するとき領地をもらえるらしい。
「帰りづらくはあるが、やはり一度くらいは顔を見せに行った方がいいだろう。子供達には少々嫌な思いをさせるだろうが、ここで一度挨拶に赴けば数年は顔を合わせずに済むだろうな」
うん。
その感じだと、あまり実家とはうまく行ってない感じ?
どちらの親としても自慢の息子が王命と言えど男と結婚させられたらそりゃ面白くないか。
それはつまり自分たちの血のつながらない子供を引き取る羽目になる未来は見えるわけで。
ましてや私は黒眼黒髪で、双子は双子だ。
ご実家の方々からすれば皮肉が効いたバラエティーの豊かさだよね。
「そうなると……休暇申請か」
「こっちは各団長もいるし、副総長もいるから問題ないぞ」
「俺の方は…ひと月が限界だな。実家に着いて2~3日滞在して戻ってギリギリひと月といったところか」
「ウチにも寄るなら各家に1日滞在出来ればいい方だな」
「そうだな。ほぼ移動だから子供たちの体力が持つかどうか」
「休憩を長めにとっても、今度はひと月で戻って来れるかどうか、というところか」
「車じゃダメなの?」
「うーん。あれは確かに早いけど、貴族と言うのは残念なことに面倒事が多いんだよ」
王都と領地を行き来するのに通る他家の領地の宿で泊まるなどして金を落とさなければならない。
車だと人の手があまりかからないので、他領で馬に掛けるカネがかからないで終わってしまう。
なんならあのスピードで素通りしてしまうことも可能なわけで。
それに貴族の移動はたくさんの馬車を引いてナンボらしいから、見慣れない車だけでは貧相に見えかねないっぽい。
貴族って大変だね。
孤児上がりでよかったよ。
大人になっても家督継げないからね。
ウチだったら双子のどちらかが両親どちらかの家を継ぐ感じか。
双子と言っても貴族の血が入っているわけだし。
幸いにもレオンドール侯爵とロキシス伯爵という2つの家名があるからね。
・・・・・・・・・・
と言うことで、出発。ついでにこの日のために馬車を改装してみました。
と言っても、もともとの馬車をちょっと浮かせただけ。
動力は馬。
それでも充分早いはずだ。
馬からすれば空荷を引くより軽いものを牽く感じ?
それと馬に【身体強化】の魔石式魔具を装着。
これで高速長距離移動が可能となる。
通る村や町の宿に滞在する事は確定なので、それ以外で短縮。
野営はショートカットで爆走解決。
町や村にしっかりお金は落ちるし、私達は旅程を短縮できるしいいことづくめだよね!
エリオットはなんとかひと月半の休暇をもらい、アレンジークもふた月の休暇を得ることが出来た。
元の世界ではなかなかない長期休暇だけど、この世界では移動が大変だからこれでも普通……いや、むしろ少ないらしい。
最初はエリオットの実家へ。
エリオットの実家はこの国の最北にある領地を任されている。
中央よりは涼しい気候なので夏場は貴族の避暑地として賑やかになるんだって。
帰りには少し東にそれてアレンジークの実家があるロキシス子爵領へ。麦畑が広がる以外、これと言って特徴の無い土地らしいが、その麦畑こそこの国の食料事情を支えていると言っても過言ではないらしい。
「ファルのおかげで移動時間が短縮されたから子供達でも充分旅を続けられるだろう」
「そうだね。それに物凄く乗り心地のいい馬車になっているね。揺れもほとんどない。まるで飛んでいるみたいだ」
ちょっと浮いてるから言い方によっては飛んでるっちゃ飛んでるんだよね。
8日掛けてエリオットの実家があるレオンドール伯爵領へ到着。
行く先々の町や村でわざわざ宿泊しなければ5日で着く感じだったんだけど、今の所最短ではこのくらいか。
これでも半分は短縮できたみたいだ。
それでも宿泊した町や村で特産物っぽいのはたくさん買えたから私は楽しかった。
双子はまだ人目や人の声が気になるのかしょんぼりしていたけど。
そのうち精神的に図太くなるので嫌悪の視線や悪口は気にならなくなるんだけどけねー。って4歳児に言ってもアレか。
昼過ぎ、レオンドール伯爵家に到着。
そこでちょっとひと悶着。
「伯爵はお子様方が入城することは御認めになられませんので、エリオット様、それからロキシス伯爵のみ面会許可が下りております」
「そんなバカなことがあるか?」
おおう。
いつも穏やかだけど王城では冷徹なエリオットが、怒りをあらわにした表情と口調は初めて見ますねぇ。
アレンジークも目を細めて表情が出るのを抑えているようだ。
私達の為なんだろうけど、そのせいでエリオットが家族と不和を起こすのも私的には悲しいし、双子も自分達のせいで……なんて思うと余計卑屈になりそうだ。
卑屈なのは私だけで結構。
「私達は宿に。宿もダメなら街の外で野営。宿よりよほど快適な野営セットを用意してある。それも外聞が悪いというのなら転移魔法で私達だけで王都の屋敷に戻る」
「「「……………」」」
両親とレオンドール伯爵家の執事だか家令だかが私の発言にしばし考える。
「ツッコミどころが満載だな」
「5歳の子供にここまで言わせてしまうだなんて。しかしファル、転移魔法って……」
最初に言葉に出したのはアレンジーク。呆れた顔でこちらを見ている。
次にエリオットは、転移魔法が一番気になるワードだったらしい。
エリオットの実家の家令さんは二人の反応に驚きつつも私の生意気な発言にちょっとイラっとしている模様。
エリオットの実家は地方の大貴族らしく、家は城だった。
王城よりはもちろんコンパクトだが、それでも巨大な建物だ。
冬になるとここは雪に閉ざされがちになり、移動もままならなくなるので、この領地に住む貴族たちは冬場はこの城に集まって生活するみたい。
そんな貴族たちが家族や使用人ごと生活出来るように巨大な城となっているということだった。
ここまでの馬車の旅の間にエリオットがそう教えてくれた。
「アレクシス先生が理論上は可能と。だから試してみたらできた。とても便利」
「あぁ、うん……」
「ふ、ははは、ファルはすごいなぁ」
呆気にとられるエリオットと、喜びつつ私の頭を撫でてくれるアレンジーク。
アレンジークの態度を見て、エリオットはどこか吹っ切れたみたいに体の力を抜いて苦笑いを浮かべた。
「そっか。じゃぁ少しだけ馬車の中で待っててくれる? 俺達はレオンドール伯爵に挨拶したらすぐに戻ってくるから。そしたらすぐにアレンジークの実家へ向けて出発しよう」
「坊ちゃま! 何をおっしゃいます!?」
「私達の子供達が城へ入れないなら仕方ないだろう?父上と母上、兄上に最低限の挨拶を済ませたら伴侶の実家へと向かう」
「旦那様はお許しにはなりませんよ」
「“伯爵”に許しをいただかなくとも結構。今日だけは血縁のよしみで不敬に問うのは見逃そう」
エリオットの方が実家より家格が上だからね。
こういう時ってどういった家族関係なんだろうね。
良好なら今まで通りの関係性を保てるけど、察するにもとよりギスギスした感じだし。
あぁ、だからエリオットはこの家を出たのかな。
普通、領地もちの貴族家の次男だったら一生長男のもとで働かされるって言うし。
それでも穏便に挨拶をしてきてほしいと願ってしまう私って何様系かなにかなのかな?




