016 冷血なる守護騎士のオンとオフ
エリオットは王家に私の見た目の事も含めて大体報告しているみたいだった。
お姫様は特殊な感じがしたけど、王子様は私を見てもとくに何も思わない様子。
むしろ自分の従者が私の事を否定的に言うのを窘める程。
ええ子や。
お姫様に手を引かれてやってきたのは城の大庭園。
お姫様と行動するにあたり、私はアレンジーク預かりからエリオット預かりになった。
今度はエリオットの職場見学と言ったところか。
職場でのアレンジークはいつもより表情硬いな、くらいにしか思わなかったのに、職場でのエリオットは冷たい感じがした。
私にもちょっと距離を置く感じ。
でもそれが職人っぽくてかっこよく見える不思議。
王直属の騎士だから王家ファーストなのは当然だからね。
それにしても仕事がきっちりしすぎてめっちゃ距離を感じる。
他人行儀が過ぎるぜ。
私がマジモノの5歳児だったら人間不信になってるよ?
あと、彼は何気に「冷血なる守護騎士」という二つ名が付いているっぽい。
態度も表情も常に氷のように冷たくて硬いし、得意魔法も氷系だからなんだとか。
それでも私を引き取ってからは多少軟化したらしいけど。
これで軟化と言われましても普段のエリオットを知る私にはめちゃくちゃガッチガチの冷血無慈悲の御堅い近衛騎士様に見える。
とまぁ、そんな事をお姫様は歩きながら色々教えてくれた。
ここには私の知らないたくさんのエリオットの話があった。
自分の話題なのに眉ひとつ動かすことなく坦々と護衛業務に当たるエリオット。
プロだねぇ。
私なら赤面しながら手で顔を覆って悶えているところだよ。
「エリオットってばいつもこんななのよ?ニコリともしないの。わたくし、エリオットの笑った顔、みたことがありません。ファリエルはエリオットの養女ですが、家でいじめられたりはしていませんか?冷たくされたりはしていませんか?何かあったらわたくしに言うのですよ?わたくしがファリエルを助けます。その時は城のわたくしのお部屋で一緒に暮らしましょう」
お姫様はかなりおしゃべり好きとみえる。
さっきから相槌すら打たせて貰えないほどのマシンガンっぷり。
おかしいな。
エリオットの話では、「元気がなかった」みたいな感じだったんだけど。
…おかしいな。
・・・・・・・・・・
「さぁ、ここですわ!」
大庭園にある池の畔にある立派な東屋に到着。
ここでお茶会をするっぽい。
予定よりだいぶ早い時間から開催してくれるようだ。
「ところでファリエル。そのドレス、とっても素敵ですわね!見た事の無いデザインです。愛くるしいあなたの容姿にぴったり。艶やかな黒髪にもよく合っているわ」
これなんて答えれば正解だ?!
謙遜か?
いや、違うな。
ここはせっかくわざわざ不吉ワード【黒髪】を入れ込んで周囲を牽制してくれたお姫様に敬意を示し、素直にお礼を言っておくのが無難なところだろう。
「ありがとうぞんじます」
若干舌ったらずになってしまったがなんとか大人の返事を返すことが出来た。
私だってやればできる。
「かっ、かわいぃ…っ!…そ、そうだわ、香り付きの石鹸水や先日の甘味もあなたが考えたってエリオットは言っていたけど、どうしてあんなすばらしいものが作れるのかしら?甘味に関してはまだまだ秘蔵のレシピがあると伺ったのだけれど」
「はい」
「……そ、そう」
私が返事をすると、とてもいい笑顔をしたお姫様だったけど、その後は、言葉が続かない時の微妙な空気になってしまったところで絞り出すように相槌を打つ、お姫様。
お姫様に気を使わせてしまった形になる。
でもゴメン。私、気の効いた返事の仕方、まだ分かんねーや。
こんな事になるんだったら専門書ばかり読んでないで、貴族の自伝とか日記を読んで会話の勉強しとくんだった…。
そんな中、私のデキるメイドは私にそっと近づきコソッと教えてくれる。
(お嬢様。お土産をお渡しになってはいかがでしょう)
それだ!
渡すタイミングが分からなかったけど、ここか!
「でんか、おみやげがございます」
と言いつつ、お姫様と王子様に、ロティルに持ってもらっていた小さな小箱を渡す。
渡すと言ってもお姫様と王子様の付き人にロティルが渡しただけで、私は何もしてないんだけど。言葉だけね。
「なにかしら?」
付き人達はラッピングを解いて中を改めているところを、お姫様がソワソワと眺めている。
王子様も自分の分が用意されていると知って、落ち着かないご様子だ。
中身が検められると、それぞれに渡る。
どちらも期待に胸をふくらませるように、ワクワク顔で小箱を開ける。
「これは…宝石?」
「はい。【アイテムボックス】の魔術式を込めた宝石です」
錬金術で作った人工ダイヤモンドを前世風にキラキラになるようにカッティングしたものに、術式を落とし込んで魔具としたものだ。
何にでも応用が聞くように小さい石にしたので、宝石なんて見なれている王族からしたら拍子抜けしてしまうぐらいなものだろう。
「素晴らしいですわ…。こんなにキラキラ輝く宝石、見たことない…。……え?【アイテムボックス】?」
「はい。小さなものできょうしゅくです」
ミスリルと違って、人工ダイヤモンドは魔力との親和性が低いのか、大容量の【アイテムボックス】にはならなかった。
しかしそれでもコンテナハウス2つ分の容量があるので使い勝手は悪くはないはず。
「え…?それはどういう…。えぇぇぇ…」
お姫様は混乱している。
そうか、キラキラしているけど、石をそのままコロンと渡されても困るか。
「あの…台座、つくれます。指輪、ペンダント、イヤリング、髪飾りにも加工できます」
「ファリエルはそのようなことまでできますの?!」
頷くと、驚きの様な呆れの様な顔をされたけど、お姫様は素直に希望を言ってくれた。
指輪がいいらしい。
王子様も同じく。
「ミスリルの指輪にしますので、ほかにも魔術式をいれることができます。なにがいいですか?」
私、今日はいつになくしゃべっている気がする。
流石やればできる子として両親から定評がある私ね!
「?!…さすがね。噂通り規格外なのですわ。コホン。では…」
お姫様が希望したのは、えげつない魔法の数々だったが、周囲が急いで止めに入りお姫様を説得。
その後、可愛らしい物に替えられた。
初級から中級程度までの水魔法と、同じく初級から中級程度までの回復魔法。
王子様はまだ幼いために魔力操作が覚束ないので危険度の低い、水と光と風と回復魔法の初級魔法の術式を組んで落とし込んだ。
間違って魔力を流しこんでしまっても、周囲が水浸しになるか、明るくなるか、そよ風が吹くか、やんわり回復するかなので全然問題ない。
それに成長したら希望に沿って術式を上書き出来るしね。
指輪に加工してまた渡した後は、その指輪について色々話したり、またドレスの話題に戻ったり、好きな花やお菓子、エリオットの事とか、話が弾んだ。
主にお姫様が。
「家でのエリオットはどのような感じですの?わたくしが聞いても教えてくれないのよ」
「私も気になります。エリオットは普段、どのようにファリエルに接しているのですか?」
お姫様だけでなく、王子様もオフのエリオットに興味津々のようだ。
「優しいです」
「……それだけ?」
「褒めてくれます」
「…他には」
「護衛術をおしえてくれます」
「そ、そう。…養女と言えど、娘にまでクールなのかしら」
私の回答に、お姫様が若干引いている。
どうしよう、もっと何かあっただろうか。
エリオットはいつだって私に優しいし、私のすることはなんでも褒めてくれる。
アレンジークは剣術や体術の先生の代わりをしてくれているし、エリオットは貴族令嬢としてそれでは足りない部分を教えてくれる。
それでも足りなければ教師をつけてくれる。
お姫様が言うクールとは全然違う。
むしろ教育熱心だ。熱血だ。アレンジークより根性論を出してくる。やればできる!やらなきゃできない!できないより少しでもできるようになることが大事だ!本職が来るまでのつなぎになれればいい!とか、さすが近衛騎士と思ったよ。
私もクールだなんて一言も言ってないのになぜお姫様はそんな印象に受け止めたんだろ。
やっぱ職場での常に冷静沈着な態度の印象が強いからかな。
うん。絶対そうだ。
今だって無表情で隙のない佇まい。
それでもキリっとしている。
仕事してますよ!って感じしてる。
ウチの親、職人カッコいい。
その後もお姫様と王子様とたくさんおしゃべりして、お茶だけでなくお昼もご馳走になって、さらには一緒にお昼寝して、それからまた少しおしゃべりして、帰るのが夕方になった。
ちなみにお姫様が最近しょんぼりしていた理由と言うのは、はっきりとは教えてもらえなかったけど、たぶん初潮によるホルモンバランスの乱れ、あるいは不安から来るものと思われる。
そりゃ同性以外には言いづらいよね。
王女殿下なので女性の護衛や侍女が多めだけど、それでも少なからず周囲には常に男性の護衛やら文官や側仕えもいるんだし。
帰りはエリオットと一緒に帰宅。
少し遅れてアレンジークも帰宅。
城での二人がウソのように、家での二人は激甘ラブラブ。
お互いを見つけると、お互いに引き寄せられるように…
そして執事による咳払い。
まぁ、そんな感じ。
今日は慣れない場所と環境に疲れたから、私は早く寝るとするよ。




