012 王女アルテリカ
わたくしが、今よりもっと幼いころのこと。
家族と避暑地に向かう途中、盗賊に囲まれて襲われ、さらに運が悪い事に大きな魔物の襲撃にもあいました。
わたくしは王家に生まれ、それなりに教育も受けて来ました。
民に守られる王族ではなく、民を守る王族となれ。
というのが当王家の家訓。よって当王家は武闘派です。
勉学と心構えはそこそこに、武術は人並み以上に出来ると思っていたのだけれど、それは「同年代の子と比べたら」という言葉が先に付く事をまざまざと実感させられた日でした。
お父様もお母様も余裕で自分の身は自分で守れるほど武術の心得がある方々です。それでも劣勢に立たされています。
わたくしは生まれて初めて見る本物の盗賊や魔物に気押され、身動き一つできずに馬車の中で縮こまっていただけでした。
王家の盾である近衛騎士も既に半数以上魔物にやられました。
盗賊は急に来た魔物に腰を抜かし、這って逃げてしまいました。
魔物はアースドラゴンと呼ばれる竜種です。
このあたりにはまず出ないとされる魔物がなぜこの日、ここに来たのかは分かりません。
少なくとも竜種が人に操られることはないので、自然災害だったとは後からの大人たちの見解です。
こちらはもう逃げることも出来ない、このまま全滅か。
そんな時でした。
急に周囲が静かになった事を不思議に思いました。
どのくらいその静けさが続いたのかは分かりませんが、その時のわたくしには、とても長い事それを感じました。
恐る恐る馬車の窓から外を見ました。
両親を守るように近衛騎士がたち、その両親を守る近衛騎士を守るように、長い黒髪の男が立っていました。
アースドラゴンの前で、なんの気負いもなく、ただ立っていました。
けど次の瞬間、どしん…とアースドラゴンの巨体が横に倒れます。
何が起こってそうなったのか全く分かりませんでした。
馬をひとくちで食べることが出来るほど大きなアースドラゴンが倒れたのを確認した黒髪の男が後ろを振り返ります。
そのおかげで遠目ではありますが、わたくしからもそのお顔を見ることが出来ました。
綺麗な人だな、と思ったのを覚えています。
でもすぐにわたくしは思い出しました。
城で、貴族たちが話しているのを。
『災いを呼ぶ黒髪。見たら最後。早めに駆除するに限る』
と。
突然またわたくしは恐怖に包まれました。
黒髪の男が近衛騎士を見ました。
その奥にたたずむ両親を視界に捕らえ、さらに後ろにいるわたくしを見たのです。
ああ、わたくしは死ぬのだ、と思いました。
魔物の時は恐ろしくてわけもわからなかったですが、静かな状況で、ただ見られる。それだけで、幼いながらにも死を納得できてしまいました。
しかし黒髪の男はすぐにまた両親に視線を戻し、その両親に向かって歩をすすめます。
何故か近衛騎士達は身動き一つしません。
あっという間に黒髪の男は両親の前に立ち、それから
『見るに、お前達がこの中で一番権力があるんだろう?』
『…そうです』
黒髪の男の言葉に、お父様がそう答えました。
お父様の後ろにいるわたくしからはお父様の表情は窺えませんでしたが、黒髪の男の表情は自然体だったと思います。
そんな男に、国王であるお父様が丁寧な返事をしたことに、その時の私は気付きませんでした。
『横取りの形になってしまったが、あのままではお前達は死んでいた。わかるだろう?』
『はい。どんな要求にもこたえる覚悟がございます』
『そうか。なら話は早い。僕はアースドラゴンの肉と内臓がほしい』
『え、ええ。それはどうぞおもちください』
『じゃあ遠慮なく』
黒髪の男はすぐにまたアースドラゴンのもとまで行きます。
『死人を出してまで戦って、あげく横から掻っ攫われてせっかくの戦利品が頭と皮と骨だけだろう? メンツがどうのとか言いだされたら困るところだった』
そうして黒髪の男が腕を一振りした瞬間でした。
倒れてなお小山の様なアースドラゴンが、男の腕、たった一振りでその姿を瞬く間に変えてしまいました。
その一瞬で、アースドラゴンが解体された。
その事実を理解するまで、わたくしはしばらく掛りました。
それでもアースドラゴンがあっという間に肉と骨に変わったという認識は出来ました。
そして次の瞬間には肉が消えてなくなりました。
後姿だけしか見えませんでしたが、両親も騎士達も、わたくし同様にとても驚いているのは伝わりました。
『ではな。良い取引だった』
そう言って黒髪の男は瞬く間に消えていなくなりました。
それからどのくらいわたくしたちは茫然としていたでしょうか。
しばらくして、お父様とお母様が騎士達に指示を出し、黒髪の男が持って行ったアースドラゴンの残りを魔法鞄にしまいこみ、周囲を確認したのちにまた馬車での移動を始めます。
いつの間にか散り散りに逃げて行った盗賊達に縄が掛けられ、ひとまとめにされてあったのを発見。
黒髪の男がしてくれたのでしょうというのがお父様達の見解でした。
それを騎士達が移動の後続に組み込み、暗くなりつつある夕方、やっと着いた町に引き渡したと聞きました。
その夜、宿でわたくしは、お父様とお母様の寝室に呼ばれました。
今までになかった、たった3人だけ。家族だけの空間でした。
そこで両親から語られたのは、『これは決して他に言ってはいけないよ』という言葉から始まる、王族にだけ伝わる黒髪黒眼の種族の話。
『善き者には良き友人である。
悪しき者には粛清者である。』
この国の王家は過去、幾度となく黒髪黒眼の種族に助けられていて、王家は彼の種族を親しみ、慕っているそうです。
しかし貴族や豪商の半分以上は彼の種族を忌み嫌っている。
貴族なくして王家は在れず、民なくしても王家も貴族も在れぬ。
よって、王家が表立って黒髪黒眼の種族を敬愛する事は出来ないため、表立って王家が彼の種族を擁護する発言は出来ないそうです。
「黒髪黒眼の種族は大いなる力を宿していて、他種族と交わり、その子孫も少なからず力を受け継いでいる。彼の種族は自由を愛し、ひとところにおさまる者はひとりとしていない、放浪の種族と言われている」
彼の種族を、「種族」と見ているのは世界でも一握りの者たちだけで、その一握りの誰がそう呼んだのかもその名の由来も知らないけれど、彼の種族は密かにこう呼ばれていたそうです。
<ザシキワラシ族>と。
それから両親は、あの時何があったか話してくれました。
黒髪の男は、アースドラゴンに苦戦する両親や騎士の前に突然現れ、こぶし一つ、一撃でアースドラゴンの鼻先を殴りつけて倒してしまったというとんでもない話でした。
両親はもちろんアースドラゴンすべてと国から報奨金、その他彼が望むモノはなんでも差し出す覚悟がありました。
しかし彼は倒したアースドラゴンの肉と内臓のみを望み、そしてその言葉通りそれ以外はすべておいて消えてしまったのです。
男は頭と皮と骨だけしか残らないと言っていたけど、それでも充分に王家の体裁は保たれます。頭には角も牙もあるし、皮には鱗も爪も残されていました。尻尾は皮以外骨ごと消えていたけど、それは些細な事。
後からこの日の事を思い出すと、不思議なことがいっぱいでした。
彼はどこから来たのか、どこへ瞬時に消えたのか。
どうやって瞬時に解体し、瞬時に目的のモノを手に入れたのか。
おとぎ話に出てくる転移魔法?
【アイテムボックス】にしてもあんなに大きなものが入る容量がありますか?
なにより腕を振っただけで素材ごとに綺麗に解体?
目の前で見たのだから信じるしかないのだけど、きっと周囲に言っても信じられないと一蹴されるでしょう。
あり得ない事だらけでしたが、それでもわたくしにも頑張れば出来そうな事はありました。
こぶし一つで魔物を倒すことです。
一発で小山の様なアースドラゴンを倒すなど、話に聞いたその時はびっくりしましたが、あとから考えたらとても興奮するものでした。
そんな武術の極みがあるのか、と。
わたくしはあの黒髪の男…あの青年へ憧れを抱きました。
あの強さは、わたくしには輝いて見えました。
こぶし一つで民を守り、欲はなく、颯爽と去って行った黒髪の青年。
カッコいいです。
わたくしも、あのようになりたいと思いました。
王家に生まれ、武を嗜む王族として育つわたくしに、彼の青年は目標に思えました。
それから私は己を鍛え上げることを決めました。
同年代の子と比べたら武術の才能があるわたくしが、このままずっと「同年代の子と比べたら」を続けていけば、ある一定の年齢になれば最強になれるのでは?と思ったからです。
ある意味開き直りと言っても過言ではないです。
人間、誰しも最盛期と言うものがあると聞きました。
わたくしより上の世代が衰退期になればその時わたくしは最強になれるのです。
わたくしは己を鍛え上げることに夢中になりました。
もちろん勉学もがんばります。
けれどある日、わたくしは男女の体の差と言うのを思い知らされます。
初潮を迎えたわたくしは、その現象に悩まされることになりました。
月のモノが来ると、思うように体を動かせません。
その期間、わたくしは他の子よりきちんと鍛錬できる時間が減ります。
体は毎日、しっかり鍛錬しないと衰えます。
その期間だけ勉学に集中すればいいと周囲に言われましたが、そうではないのです。
武とは、毎日コツコツが大切なのです。
お母様や女騎士達はそれを乗り越え、武を磨いてきたと聞きますが、やはりお父様や男騎士達より強いかと言われたらなんともいえません。
……私的な立場ではお母様や女騎士達の方がかなり強い気はしますが。
お腹に力を込めることに気を取られ過ぎ、他の筋肉にうまく力を入れることが出来ないために見学。
騎士達の鍛錬をぼんやりと眺めていた時でした。
「姫様。こちらを」
気を利かせた侍女が、お茶とお菓子を用意してくれました。
お茶はいつものお茶でしたが、お菓子はいつもと違い、見た目はとても簡素なものでした。
「これはなにかしら?」
生菓子の様ですが、これは料理長が手を抜いたのでしょうか。
彩りは茶色とクリーム色。
それを誤魔化すために皿の上に数枚の色とりどりの花びらが飾られているのみ。
「最近、姫様の元気がないようなので、とエリオット卿が家から持参した生菓子だそうです。それを少しでも見栄えするように料理長が取り計らったおやつでございます」
数年前に近衛騎士団長になったエリオット・レオンドール卿。親は伯爵位で、本人は自ら武勲を立て、侯爵を賜ったと記憶します。
いつも無表情ですが、その無表情がとても冷たい印象を与えます。用があって会話をしても、必要最低限しか会話しませんし、話す内容も他人を気遣うものでもなく、事実を坦々と話す方です。それもあって彼は影で「冷血なる守護騎士」と言われている人物。
事実、彼は我々王族にも冷たい態度です。
仕事を全うし、しっかり護衛をしてくれるので問題はないのですが、お父様もお母様も彼には愛想がないと何かと話題にしている人物です。
そんな彼がわたくしに菓子?
わたくしにまでこの菓子が届けられるのにはたくさんの毒見役を通すので問題はないはずですが、何を思ってわたくしにコレを食べさせようとしたのかさっぱりわかりません。
わたくしが不思議に思っていると、侍女がクスリと笑みをもらします。
「エリオット卿は少し変わられましたね。これも養子をお迎えした影響でしょうか? 婚姻してしばらくたちますがそれほど変化はないようでしたし」
その話でわたくしは思い出します。
近衛騎士団長と騎士団総長がお父様に言われて婚姻させられた話を。
確か、近衛騎士団と王国騎士団にはとても深い確執があり、そのせいで大きな事件が起き、当時の近衛騎士団長と王国騎士団総長は責任をとって引退させられ、次に近衛騎士団長と王国騎士団総長は婚姻関係を結ぶこと、そして共に暮らすことを言い渡されたとか。
はじめ何の冗談かと噂されましたが、お父様は本気でした。
あとから聞いた時は『ケンカするなら家の中で。職場に持ち込むな』というなんともぞんざいなお話でした。
それと、独身騎士となると比較的年齢が若いので、思考も柔軟だろうし、家であらかじめ話し合うのならいがみ合う姿を周囲にあまり見せることもなくなるので、団長や総長がいがみ合う姿に騎士達も触発されることも少なくなり、前ほど所属騎士団の確執は出ないだろうという考えもあったようです。
その話を聞いてやっとわたくしはなるほど、と思いました。
顔を突き合わせる度に因縁をつけ合う。それを窘める役にならざるを得ないお父様の胃を痛めつけていた両騎士団へ対しての嫌がらせか何かだと思ったのですが、違うようで安心しました。
そんな話のあった、あの近衛騎士団長のエリオット卿からの差し入れ。
何かの陰謀としか思えません。
お父様の命により強制的に因縁ある王国騎士団総長と結婚させられ、ひとつ屋根の下に住まわされ、休日もなるべく重なるように調整されている現在。
彼からしたら嫌がらせ以外の何物でもありません。
私への差し入れとして毒を盛るぐらい許されてしまうような所業ではないでしょうか。
嫌なものを見るようにエリオット卿からの差し入れを見つめるわたくしに、侍女はさらに言葉を重ねます。
「そんなに怪しむ事は御座いませんよ。わたくしも毒見としてひとくちいただきましたが、今まで食した事のない味わいで、大変美味でございました。見た目の素朴さを除けばわたくしが今まで生きてきた中で一番の美味といって差し支えない程度にはとても美味しかったです」
最後は少し砕けた口調と笑顔で、生菓子をすすめる侍女。
そこまで絶賛するほど?
とてもじゃないけどそうは見えない。
もしかしてそう言うように侍女はエリオット卿に脅されている?
という陰謀まで考えてしまいます。
けれど実際ここまで来るのにかなりの人間が毒見に関わったのだろうし、問題なく食すことは出来るでしょう。
食べないという選択もありましたが、侍女のいう「一番の美味」と言う言葉にも興味をそそられました。
わたくしは意を決し、添えられていたスプーンで生菓子を掬います。
スプーンを入れた感触は重く、けれど滑らかなものでした。
なにでできているのかは分かりませんが、ねっとりとスプーンに絡みつく感触。
それを掬い取り、口の前まで持っていくと、甘く香ばしい香りがします。
一瞬、焼き菓子の様な香りもしましたが、それとは少し違うこともわかります。
そしてゆっくりと口に含むと……
口の中で革命がおきました。
気付くと皿には花びらしかありませんでした。
その事実にしばし呆然し、その後わたくしはいつの間にか走っていました。
後ろから侍女の声が聞こえますが、気にしていられない程私の胸は高鳴っています。
城内を走りまくり、目的の人物…エリオット卿を探しだすことが出来ました。
わたくしは彼の前に立ち、興奮のままに言葉を掛けます。
今まで声を掛けた事はほとんどありません。怖いので。
改めて目の前で見る彼はとても美しい容姿をしていました。
一瞬それに動揺します。
それに物凄く冷たい眼差しを受けたので。
いえ、こんなところで動揺している場合ではありません。
伝えなくては!
「エリオット卿、先ほど、卿が差し入れてくれた菓子をいただきました! 大変美味でした!」
「……恐れ入ります」
うっ!?
エリオット卿の声、初めてまともに聞きましたが、聞きとりやすく美しい、けれどしっかりした男性の声。
何故か負けた気分になります。
「卿は優秀な料理人をお持ちのようですわね。新しく雇ったのですか?」
「いえ。上の娘が弟妹を想い作りました菓子でございます。よく出来ていたので殿下のお口にも合えばと思い、持参した次第です」
「む、娘…? 確か卿は…」
あ、そうでした。
あまりの美しさに一瞬忘れましたが、卿は養子を迎え入れたと先ほど侍女が言ってましたね。
「孤児を我が子として引き取りました。その後、親類からも子を引き取りました」
「そう、ですか。それではご息女に大変美味でしたというお手紙をしたためますのでお渡しくださいますか? あんなにおいしい菓子は初めて食べました! 卿の御息女は他にどんなものをお作りになるのです? 他にもあるのなら是非食してみたいです!」
こうして話しかけてもまだ距離と冷たさはありますが、私の思いは熱いです。この熱をこの冷たい雰囲気の騎士にぶつける勢いで話しかけます。
「御意に」
私の熱は冷たくいなされました。
しかし、言質は取りました!
伝えてくれるのなら、次も期待していいということです。
私は晴れた心地で部屋に戻り、早速手紙をしたためます。
城を走り回り、気持ちを伝えたことで、気分はスッキリ。
ああ、そうです。
走れば良いのです。力むことが難しいのなら、力まず走れば良いのです。体力の維持にもつながりましょう。基礎体力の向上にもつながります。
この事に気づけた今日はなんと素晴らしいのでしょう。
行動を起こさせてくれた卿には感謝ですね。卿の息女にも。
ところで卿は孤児を我が子に迎えるにあたり、既に成長した子を迎えたのでしょうか? 我が子とするなら小さな子を迎え、貴族としての教育をしていくのが一般的なのですが。
そんな事をつらつらと侍女に話していると、
「エリオット卿の上の御息女はたしかまだ4、5歳で、大変素晴らしい魔法と魔術の才をお持ちだというお話ですよ」
「5歳!? それはなんとも…というか、あなたエリオット卿にとても詳しいのね」
気心の知れた侍女の前では口調も砕けてしまいますが、周囲には咎めるものもいないので調子よくおしゃべりします。
「宮廷魔術師長がよく小腹を空かせて小厨房にいらっしゃるので、その時に彼の方はよくエリオット卿の御息女の話をされるのですよ」
小厨房とはお茶や菓子、軽食の用意をする厨房のことですが、何故そんなところに宮廷魔術師長がいるのでしょうか。
魔術師宿舎の厨房の方が近いでしょうに。
それはさておき、あの菓子を作った革命の令嬢の話は興味しかありません。
「そうなのですか。それはどんな話なのですか」
「エリオット卿に似て大変無口らしいですが、見た目はとても愛らしいと窺っております。魔法はどれも特級を扱え、魔術に関しても宮廷魔術師長と並ぶほどだと。付与と錬金術の才能もおありで、魔具や魔道具作りにも長けていると窺いました」
「5歳、ですわよね? 長命種を引きとったのかしら?」
「いえ。宮廷魔術師長の見立てでは人種だろうということです。ただ…」
「ただ?」
「珍しい髪色をしているので、純粋なヒューム種とは言い難いとも言っておられましたよ」
「かの有名な虹色やスリートーンかしら?」
この国にも珍しい髪や目の色として虹色や何色かの色が混在する人達がいます。
その多くは自らの見た目を活かし、役者や歌手になったりするそうです。
「いえ、それがここだけのお話…真っ黒だそうです」
「!?」
黒ですって!?
この国に、黒髪を持つ者がいたというのですか!?
「そのようです。姫様はお立場上お顔やお声に出すことは憚られるでしょうが、一部の貴族や商人は黒髪を嫌いますからね。災いを招くなどと言われていますが、ゲン担ぎや何かの迷信でしょう。貴族家に生まれる双子だって幼いころからきちんと教育を施せば争い事は産まれないと聞きますし」
「え、エリオット卿は気になさらなかったのかしら?」
ドキドキが止まりません。
そして侍女の言う通り、それを覚られてはいけません。
「そのようですよ? 他の子とくらべて魔力量が多そうだったのでその子に決めたようです。と、宮廷魔術師長が従兄弟であるエリオット卿の配偶者のアレンジーク卿からお聞きしたそうです」
情報はとても嬉しいけれど、宮廷魔術師長はなんとおしゃべりなのでしょう。
エリオット卿のご家庭が透けて見えるようで、卿に同情してしまいそうです。
わたくしはすぐにお父様とお母様に内密のお話があると面会を求めました。
すると夕食後にお時間をいただけることになり、3人でお母様のお部屋でお話する事が出来ました。
そしてわたくしは本日の出来事を語りました。
するとお父様もお母様もとても驚き、同時に大変興味を持ったようです。
そこでわたくしはハッと気づきます。
お父様とお母様がなんだかいたずらっ子のような笑顔になります。
「ふむ。黒髪の養子か。それは興味深いが、それよりなによりエリオットがお前に菓子の差し入れとな」
「娘の手作りの菓子を自慢したかったのでしょうか?」
「エリオットの今までにない行動…。なにやら子を溺愛してそうだな。子を得て人が変わったようだ。あのいつものすました顔は取り繕っているだけか?」
「これは確認しないといけませんわね」
「そうだな。ははははは」
「うふふふふふ」
とかなんとか、とても楽しそうに語らっていました。
明日にはお父様とお母様がエリオット卿をいじり倒す未来が見えてしまいました。
申し訳ありません。エリオット卿。わたくしがもっとうまくお父様とお母様に話が出来ていれば…!
しかしそれはソレ、これはコレ。
その後わたくしはまたエリオット卿のもとへ赴き、卿の上の御息女とお会いしたいと我がままを言わせて貰いました。
その時は乗り気ではない返事をされましたが、卿はしっかりとわたくしの我がままを聞きいれてくれたので、御息女を城に招くことが叶いました。
そしてわたくしは出会ったのです。
長く艶やかな黒髪に、見たこともないデザインの可愛らしいドレスを纏った、今まで見たこともない目が覚めるような美幼女に。




